以前記載した「【軌道法な交通機関】第2回:東急世田谷線」において
松陰神社前周辺で休業日や閉館時間に阻まれ、思う行動が取れなかったことを記載しました。

1企画を実施するには難しいけど、それなりに空いてしまった時間があったので
失意からまだ日も浅いうちにリベンジしてきました。

■もやし36kgの正体 A・オリゼー
$自由研究部ログ:FR-D-臨時休業_辰屋
松陰神社前駅から徒歩10秒であるラーメン辰屋。
前回は夏期休業に出くわし、食べることが出来なかった噂の極太麺にありつきました。

食べたのは「辰醤油ラーメン(小)」650円。

どんぶりの上に山のように乗るもやしをメインとした野菜に、
休業中張られていた「もやし36Kgお願いします」を思い出してしまいます。

36Kgのもやしって、何立方メートルになるのでしょうか。
スーパーで売っているもやしがおおよそ200gだというので、180倍。
スーパーのもやしが12.5x12.5x1cmとするなら、30立方メートル?
…そんなバカな!(実測なんてしません。)

辰屋の辰醤油ラーメンは、極太でモチモチした食感が心地よく、
とても美味しいものでした。ただし、麺までたどり着くのが大変です。

■てくてくするならAMラジオの携帯を ラジオ。
松陰神社についてのは、15時ごろでした。
ラーメン辰屋からのうだるような暑い道程も、
境内の茂る木陰で蝉時雨を聞けば初秋の涼やかさに感じました。

ところで、鳥居よりも先に吉田松陰先生と松陰神社とのつながりについてなど
薀蓄ボードが掲示されていたのですが、そこにはさらに
「てくてくラジオ」での音声案内があることが記載されていました。
私の薀蓄は前回の段で済ませるにしますが、松陰神社も随分な薀蓄好きらしいです。

ところで、てくてくラジオというものをはじめて知ったのですが、
これは、正式には微弱電波音声案内システムといい、
AMラジオを受信端末にして音声情報を手軽に多くの人にとどけられるよう
ユニバーサルデザインされた音声情報発信機だそうです。

新しいものを取り入れ、教えを広げる様は、
どんな人にも教えを説いた松陰先生を祀った神社だけあるってことでしょうか。

もっとも、ラジオの持ち合わせのなかった私には、その内容までおえていません。
ちょっとぐぐるとYouTubeで取り上げられていましたので、ご興味のある方はそちらへどうぞ。

■徳富蘇峰って誰? 石碑
境内にはお社だけでなく、石碑もありました。
私の背丈ほどの大きさで、目立ちますが松陰先生のものではなく、徳富蘇峰という方のものです。
松陰先生の像が参拝者の清めに使う手水舎の裏にひっそりといらっしゃるのに対し、
随分わかりやすい配置がなされておりました。

でも、それって誰?

とりあえず、帰宅後にwikiってみました。
徳富 蘇峰(とくとみ そほう)は明治から昭和にかけて活躍したジャーナリスト、歴史家、評論家。
本名は猪一郎、弟は徳富蘆花(といっても長きに渡り疎遠となっていた)。
著作に『吉田松陰』(1893年)があるとのことです。

このあたりは実はそのまま碑の紹介立て札にあった通りなのですが、
これ以上、徳富蘇峰と吉田松陰を結ぶ内容を掘り下げることが私には出来ませんでした。

薀蓄好きな松陰神社でさえ、碑の紹介に記載している内容がその程度なのだから、
ぽっと出の庶民の私が解き明かすには難しい謎なのやも知れません。

今年は松陰先生が亡くなられてから150年という節目の年だそうです。
日本の未来に思いをはせつつも、今日のおやつが気になる俗物な私でした。

■帰りの電車は遮断機の向こう 傘
小雨にパラパラ降られはじめたので、やや急ぎ足で駅にもどりました。
帰りも勿論、松陰神社前から世田谷線。

踏み切りに差し掛かったところで遮断機が降りてきました。
目的の下高井戸方面行きの電車がきたらしいのです。
向かいのホームなのでダッシュで踏み切りを渡るかちょと悩む…

しかし、遮断機を掻い潜るわけにもいかず、
電車がホームに進入するのを見送りました京阪1900系冷改特急色
その後、徒歩で遮断機があがったのでホームへ向かいましたが

その結果、余裕で乗車出来てしまいました。
乗り込んだのは見覚えのあるドラミちゃんこと、黄色な車両でした。

先日の世田谷線制覇の旅では、赤やピンク、青や水色、それに紫や緑など、
1つとして同じ色とすれ違いませんでした。
おそらくドラミちゃんも1台だとすれば、
前回と今回の乗車に運命を感じてよい再会なのでしょう。ドラミちゃん。