実話です。
その人物一家や一族は仏教徒なのだが、

「あんなやつ、ろくなもんじゃあねえ!」という口癖の人がいました。

議員をやっていたとか、会社で偉い立場だったとか、そういう経歴。
地域の古参の一族。その一族も皆、ふんぞり返ってそういう言動をとっている。
仏教徒なのに。


自分が一番で、他人は全部クズ、おまえら雑魚は黙れ、という立ち位置。
その家族も揃って他人をすべて見下していた、誹謗中傷大好きな人たち。
仏教徒なのに。


付き合いの無い相手の事さえ、本人が目の前にいないのに、
その人の事なんかまるで解っていないのに、
「あんなやつ、ろくなもんじゃあねえ!」を、いつも口癖で連日繰り返していました。
仏教徒なのに。


そんな悪口を聞かされる方は本当に嫌になります。

この家族や一族は、近隣に対する迷惑行為も繰り返しています。
誰もが認める、手に負えない悪のIS一族。
仏教徒なのに。


自分の思い通りにならないと、開口一番「あんなのろくでもない」と言い放ちます。
自分たちが悪くて理不尽なことを言っていても、それがわかっていない。
世間の常識的には間違いでルールに反することも平気でするが、反省も自覚もまるで無い。
自分が常識でルールだ、という、誰の鼻にもつく傲慢ぶり。
仏教徒なのに。


親のしつけがなっていなかったのでしょうか。
それとも、その親自体が相当に残念だったのでしょう。
たぶん血筋。そういう素地。
仏教徒なのに。


行く末を冷静に観察します。
その、他人をむげに卑下する言葉は、自身の劣等感から出てくるものでした。
貧しい出自に引け目を感じている。卑屈が深層心理にある。
知識や感情の薄さが、どうにも周囲の人にはひとつも勝っていない。
でも財産だけはあるから、威張り腐ることはできる。だから悪口で貶める。
仏教徒なのに。


有ること無いことを言いふらして侮辱し、ざまーみろ、と見下す。そんな思考回路。
祖先の名と財産の上に胡坐をかいて、傲慢な言動を憚ることも無い。
ようするに、誰にも勝てないひがみ根性が悪口憎言になっていたのです。
仏教徒なのに。



しかして、
その人がこうした罵言を吐くターゲットは、一般的に見れば普通の人ばかり。
その人が言うような悪人ではないし、むしろ、まともな人、穏やかで知識に富み、
普通に敬われるような人や人格者までも含まれているのです。
誹られるような人はいません。


むしろ、まともではないのは、ろくでもないのは、
その悪口のゆえに逆に陰で嫌われ誹りを受けていたのは、その、
「あんなやつ、ろくなもんじゃあねえ!」が口癖の自分たちの方だったのです。
仏教徒なのに。


もちろん、本人たち、家族、一族は、そんな自覚は全くありませんから、
そんな悪口をずっと繰り返しています

仏教徒なのに。


当然ながら、周囲の人たちはお付き合いをやめてゆきます。
旧家だからと、周囲はやむなく表面上だけは付き合っているようですが、基本は「嫌い」です。
若い人になればなるほど、露骨に明確に避けています。

嫌なのです。そういう悪口一家、一族を好きになる人の方が変ですよね。

暴虐な言葉を吐き続ける敬虔な仏教徒の行く末を観察します。


そして、彼ら流に言えば当然と言えば当然のように、
その人たちの信ずる宗教観の、因果応報がついに自身に向けて発動されたのです。

言霊って言いますよね、まさに、ことばの力がここで発揮されました。
嘘みたいですが、まずはその家に関わる所に様々な災いが起き始めました。
他人を呪ったら自分にも帰ってくるとも言いますね、これはほんの序章でした。
仏教の教えの通りに。


そして、ついに時が来ました。
その「ろくなもんじゃねえおじさん」は、ついには酒に溺れて自身が
「ろくなもんじゃねえ」状態になりました。
敬虔で熱心な仏教徒なのに。

挙句、認知症になり、寝たきりになってそのまま苦悶のうちに死にました。
他人を威圧恫喝し、肩で風切っていた人が、実に無残な死に様を晒しました。

その吐いた言葉が自分の頭上についに降りかかりました。
他人に吐き続け貶めてきた不潔で下品なことばが、
その人自身にみごとなまでに帰ってきたのです。


「ろくなもんじゃねえ」と吐き捨てた呪いのことばが、
老いてからその自身に、大きな屈辱と苦悶という形で降りかかってきたのです。


「天に唾する」

とは、こういうことを言います。
その「ろくなもんじゃねえおじさん」は、そのことを解っていなかったので、他人の数倍の苦悶を死の間際に与えられたと言えそうです。



般若心経は口にしていたくせに、その般若心経は何の役にも立ちませんでした。
「もろこしわがちょうにもろもろのちしゃたちの・・・ただいっこうにねんぶつすべし」
と呟いていたけれど、仏像を拝んでいたけれど、それらも何の役にも立ちませんでした。

周囲の人たちは「・・・だろうな、罰が当たったんだろうな」っていう人もいました。


(認知症や寝たきりの方々一般を誹謗する意味ではありません。あくまでこの例の人のことです)
ついでにこのIS一族の兄弟も認知症になって転倒死した、というおまけ付きの顛末。


そして、その忌まわしき言動とその結末について学ぶことすらしない、
その家族も同じ思考回路と乱暴な言動をしています。
仏教徒なのに。


この先、この一家や一族がどうなってゆくのでしょうか。容易に想像できます。

あんなやつ、ろくなもんじゃあねえ!という口癖が自身に災いを招くことに気が付かない限り、
決して繁栄は無いはず。

スポーツを通じた人格形成って?

 

うそだ。真っ赤な嘘だ。虚構だ。

体育会系礼賛傾向の日本の社会だけれど、間違っている。

 

残念ながら、社会に迷惑を掛け事件を起こしたり近隣住民に迷惑を掛けるような人は体育会系が圧倒的に多い。人格を評価するに価しない人物がいる。しかし、頭ごなしに全部ダメとは言いたくない。問題は体育会系全部ではないと思いたい。

 

残念ながら柔道のような個人格闘技の人なんかは粗暴で傲慢自分勝手で無神経な人が多いという印象。戦って相手を何が何でも倒さないと、という事から、普段の思考回路も乱暴自分勝手になる傾向。投げ飛ばす、棒っきれで叩き合う、首を締める、殴る蹴る、人間としては最も粗野で凶暴な行為には違いない。それを日常的に行っているうちに、本人の自覚無しに思考回路が粗暴になるのは明白だ。脳みそが筋肉に支配されてしまうという状態。倫理観も低下し繊細さも思考の中から消失するだろうと思われる。

 

礼節を重んじるとかもっともらしい事を言っているが、格好だけだ。口先だけだ。

それが証拠に、周りに迷惑をかけて何とも思わず、配慮、特に弱い立場の人への思いやりも出来ない傲慢無神経さや、社会問題、事件を起こす人にこのタイプが多いのは事実。周囲や相手への慮りをする能力が涵養されていない何よりの証拠だ。

「声が大きいことは良い事だ」と勘違いし、普段からTPOを弁えず大声で遠慮なく騒いだり、我慢の閾値が低く、切れやすく何かと大声で威圧恫喝するのもこのタイプ。

 

 

ここで、いじめや自殺の問題を解決に導くことが可能な立場にあるはずの、教員の素質やものの考え方について言っておきたいことがある。

 

自殺念慮の子供は多い。大人以上に多い。

弱い立場や状況に追い込まれ悩み苦しむ。真面目で繊細で、感性の豊かな、むしろ、頭が良く優れたものを持っている人間が理由もなく追い込まれる。

言葉を荒くして言えば、「どうでも良いようなケダモノ」が「きちんとしたまじめな人間」に酷い事をしている、とも言える。決して許されない行為だ。

 

もっときつい言葉で言い換えてみる。

「価値の無い人間」が「価値のある人間」を攻撃する、とも言える。

 

そのような中で、呆れたことが有った。

こんな教師がいた。「自殺するようなヤツは馬鹿だ」と声高に言う。個人格闘体育会系の顧問先生だが。

果たして、どっちが馬鹿なのか問い質してみたい。

脳みそが筋肉で出来ている教員と繊細な子供の、どっちが馬鹿なのかと。

もしこれを読んでいたら返事をくださいませ。よ〜く考えて。

あなたの秀逸なる筋肉頭脳より導き出される素晴らしい回答を楽しみに待っています。

 

いかにも脳みそが筋肉製ですが、何か?

 

学校の校長教頭クラスまでが、日常生活の中で倫理道徳に反し隣人を苦しめる事を平然と行い、それに留まらず職場で物販行為を常習的に行う等の服務規定違反を繰り返し、果ては違法行為までも行い、自らの行いを疑問ともしない傲慢無神経無配慮。精神性があまりにも低い教職員が多いと感じる。自分の子供への躾もまともにできないような、家族を管理できないような、他人特に弱者への配慮思慮に欠ける人物に、他人の子供を教育する資格は無い。

教える側の脳力欠如。相手の立場になってその気持ちを考える感情力、想像力が無さ過ぎる。特に体育会系の教員にこの酷い傾向が見られるのは事実だ。
スポ根重視の考え、スポーツが人格形成をする、と言われているが、あれは殆ど嘘だ。むしろ礼儀をわきまえない非常識な人が多いと感じる。

 

 

その点、団体競技はストラテジックな思考が必要になるぶん、人間的にも頭脳をきちんと使うからまともな協調性、周囲や相手への慮りをする能力が涵養されるとおもう。団体競技者に酷い人間はあまり見かけない。

 

つまり、体育会系といっても2種類有って、団体競技系はまともな人で、社会の中でうまくやっていく素質が養われ、人格形成に寄与していると言えるが、個人格闘技系は残念ながら人格形成に寄与しないどころか、低下させ凶悪粗暴になる可能性が極めて大きいと言わざるを得ない。

 

しかして、文科系の起こす問題は殆ど聞かない。

例えば、吹奏楽部や管弦楽部で問題が起きたなどとは数件くらいしか聞いたことが無い。

 

文科系と体育会系の決定的違いは。頭脳だろう。

その使い方。元から持っている気質におうところが大きい。

 

しかしだ、体育会系に限らず、部活動というのは学校教育の正規のカリキュラムでは無い。あくまで任意の行動だから、それに重きを置きすぎる傾向自体が、本来異常な事のはずなのに、誰もそれを指摘しない、問題視しない、それ自体が疑問でならない。

顧問の教員にも加重な負担になっている現実を見てほしい。

 

学校の勉強が基本。余力があったら部活動。

でも、そうでないことも多いだろう。勉強ダメ、でも部活は必死に。

 

こういうのを、「本末転倒」「主客転倒」と言うのだ。

 

体育会系は、20歳代では通用するかもしれない。でも、それ以上の年齢になれば筋肉の能力は確実に低下し、歳をとればとるほど「頭脳の力」が要求される。その人が信じてきた「筋肉の力」は最早要求されない。その段階以降ではどうなるのかは、言を待たない。

若いときに脳みそ(の正しい使い方)をきちんと鍛えておかなかったその代償はあまりにも大きい。それに気がついたときには手遅れなのだが。

 

人間は、筋肉だけで行動すると(人間としての評価が)ダメになる。

脳みそを、筋肉以上にきちんと機能させて、やっとバランスが取れるはず。

 

人間は、本能100%の獣とは違うのだから、その事をきちん考えなおしてほしい。

 

一日中、何日間も、何年間も、ずーっと。

 

重低音でどっしんどっしんと響かせている、DQNなバカ一家がいる。

 

近隣じゅうが実は確実に迷惑している。早朝から深夜未明まで、一日中ずーっと。

心底まで脳みそが腐りきったバカクズとしか思えない。

 

アンタたちの一家は快くても、まわりがみんな不快に感じているのに。

 

凶悪粗暴な輩なので、誰も苦情を言えない。

苦情を言えば、それこそ何をするか判ったものではない。

逆ギレして犯罪行為に及ぶだろうか。騒音を注意したら刺される可能性が大きい。

 

重低音迷惑一家って、大体そういう人たち。

 

旧家の一族だから傲慢なのだろう。

それを良いことに、無神経にやりたい放題。

 

職業に貴賎なし、とは言うけれど、でも、

現実に、そういうことをするから、だから言われてしまうんだよ、

「勉強しないと、ああいう仕事にしかつけなくなる」と。

そういう人たちの、チンピラ一家。

 

昼間も。ずーっと。

 

深夜も。ずーっと。

 

連続。

 

在宅勤務?ずーっとあのドッカンどっしんを聞きながら?

ろくな仕事できないだろうに。呆れる。まともじゃあない。

 

脳みその芯まで腐っているとしか思えない輩。

 

どんな躾を受けて育ってきたのか、親の顔が見てみたい、と、こういうときに使う言葉。

まあ、実際その親も、ろくでもない素性なのだが。

 

 

深夜にあまりにもひどい時に、警察に通報した。

現状を確認してもらい「確かに酷いです」と。

「今度またやったらいつでも遠慮せずに通報してください」ということで、記録に残してもらうことにして、

その時はおさまったが、翌日からまた元通り、1日中、どっかんどっかんやっている。

心底本当のクズ人間だ。一家そろって、親も子供も。

 

また通報しようっと。近隣みんな迷惑しているけれど通報する勇気が無さそうだし、

あれは止めさせないと地域の迷惑なのは事実だから。

 

 

どうして、頭の悪い人に限って、騒音、重低音が好きなのだろう。

それも、まともな人間の殆どが就寝しているような時間に。どっかんどっかん。

 

ああ、そういう音の中にずーっといるから、脳みそが破壊されて、だからバカになるのか。

 

なるほど。

 

残念な生き物だな。はやくいなくなってほしいと思う。