ここ数年でたくさんの演劇人が鬼籍に入られました。。天野天街さんの訃報は特にショックで心身ざわざわしています。
実は少年王者舘のお芝居を観たのが、2023年が初めてで、いや、天街さんが演出された作品は結構観てるのですが、本家の観劇タイングが遅れてしまったことの後悔はひとしおです。。
振り袖講談をやり始めて、高座で表現のスタイルは身体の制限がある分、言わずもがなカタリが非常に重要です。でも重要だとわかったのが最近で、少年王者舘を観てからなのです。当たり前ですが演劇作品なので、俳優が動き回ります。
さらにセリフが舞台を飛び交うんです。みなさん動きも機敏ですが、セリフまわしも機敏で、何がどうなっているのかわからない誰に掛けられたかわからない言葉の洪水をただひたすら浴びていたという印象でした。
でも残っているのはコトバ。
余韻は音。
振り袖講談は講談という名の演劇形態ですが、動き回りませんので、語りを怠っては物語の何も視えてきません。一人芝居に近いので、複数の登場人物を演じ分けますが、声マネでは成立しません。
何を語るのか?
情緒だと思ったのです。
天街さんの創った作品には、溢れる言葉が空気になり、リズムが気持ちになり、劇世界を彩る。
観るひとの情緒を動かす。
振り袖講談に必要な技術はこれだと直感しました。
もっか『怪人二十面相伝』の稽古中ですが、初代丈吉二十面相が考案した様々な手法。曲芸、手妻、変装。
それだけじゃありませんが、
振り袖講談もさまざまな手法で、唯一無二の舞台を創りたいと思います!
命がけの遊びはまだまだ続きます。
天野天街さんの御冥福をお祈り申し上げます。