2007,1,8は、娘の成人式でした。


ちょっと過保護かも・・・など思いながら娘を会場まで車で送っていったら、彼氏に車で送ってもらった晴れ着姿の幸田来未のような女性とか、タクシーに乗って来た羽織袴姿で茶髪の、まるでオズマのような男性など、今どきの若者たちの晴れ姿をたくさん目撃することができて、なかなか楽しめました。


ところで成人式というと、どうも衣装ばかりに目が行きますが、成人式の目的を本当に理解し、「自分はもう大人なのだ」と自覚してい若者はいったどれくらいいるのでしょう?


そう考えると同時に、自分の成人式はどんなだったか?ちょっと思い出してみると、私は成人式には行きませんでした。


青春時代の私は、スキーに夢中だったのです。


短大卒の私は、二十歳の時、すでにOLでした。給料のほとんどをスキーと飲み代に消費していました。
大人になった自覚=堂々とお酒が飲める!という程度の認識しかなかったと思います。


自分が大人になったのだと、いつ自覚したかは、はっきり覚えていませんが、たぶん、娘を出産して看護士(当時は看護婦さん)さんから「お母さん」と呼ばれた時だったような気がします。


親になる=大人というような印象を持っていたような記憶があります。


親になってみると、親の気持ちと子の気持ちには、大きなギャップがあることをつくづく感じました。


親の心子知らずとは、昔の人はよく言ったものです。


娘とのやりとりは、同時に私と母親との関係を思い起こすことにつながっていきました。


子どもの頃や若い時の私の言動が、母親をどんな気持ちにさせたか、自分自身が親になって、やっと気付くことを実感しました。


そして、今、子育てを終えて、ようやく本当の意味で、私は大人になれたのかもしれません。


成人の日は、ひよっとして、二十歳の子を持つ親が、本当の大人になる日ではないでしょうか?


子育てから解放され、1人の大人として、自分の人生をあらためて見つめ直す日、実はこれが「成人の日」の本当の意味ではないのかしら?


皆様、どう思いますか?


高橋 希代子