■裏切られた僕たちの期待
自閉症とはどんな病気なのか? 誤解している人もいるかもしれないので、少し説明しておこう。
自閉症とは部屋に引きこもったり、他人との接触に消極的だったりする状態を指す言葉ではない。生まれたときから持っている、脳の機能不全の一種だ。両親のしつけや生活環境という後天的要因によって引き起こされるものではない。
「他人との適切な社会的関係がとれない」「言葉の遅れがある」「同じことに固執し、関心が広がらない」という三つの領域を主な症状とする発達障害だ。多くの研究者が、自閉症の軽度のものとしてアスペルガー障害を位置づけており、言葉の遅れは目立たないとされている。
精神科医の診断が下った後、僕は、娘に詳しい検査を受けさせたが、その結果によれば、エリはアスペルガー障害より少し重い「中等度」の自閉症だろうということだった。
自閉症は対人関係行動によって、自閉症/アスペルガー障害という分け方とは異なる別の分け方もできる。孤立型、受動型、積極奇異型である。
孤立型は他人が来ると逃げてしまうようなタイプ。受動型は、他人から逃げはしないが、自分からは関わらず、なされるがままになるタイプ。積極奇異型は、自分から他人に近づいていくのだが、場や相手の感情をまるで読みとれず、その近づき方が普通の人から見ると変に見えるタイプだ。エリの場合は三番目のグループだったのだ。
サキが保育園に通っていた頃、妻がためらいながら切り出したことがある。
「この子、発達障害じゃない?」
実は僕同様、妻も臨床心理士の資格を持っている。ただし僕のキャリアは、精神病院で統合失調症の患者に対する心理テストがメインだったし、妻は小児科に勤務し、子どもの体調不良の原因に心理的ストレスがないかどうかを調べるのが専門だった。
要するに、生まれつき脳に障害を持つ発達障害の子どもと直接接する機会がほとんどなかったのだ。だからお互い、発達障害について詳しい知識を持ち合わせていなかった。その妻の口から、「発達障害」という言葉が出たことにまず僕は驚いた。
「うーん、もしかしたら何か軽い障害があるのかもしれないね」
「自閉症、とか?」
それだけは絶対にあり得ない。それが僕の確信だった。というのも僕には自閉症の従兄弟がいて、子どもの頃からなんども会っていた。その従兄弟は僕の家に来ると、いつもスイッチの入っていない扇風機の羽根をいつまでも指で回して、嬉しそうに笑っていた。彼は自分の母親とも視線を合わせることはなかった。それは子どもの僕の目にもハッキリ分かった。
そうした従兄弟の振る舞いは、エリのそれとは全くかけ離れたものだった。
なんといってもエリは明るい。天真爛漫だ。スキンシップも体当たり的で激しいくらいだ。従兄弟の症状とエリの状態は、まるで重ならなかった。それが自閉症を疑わなかった理由だ。だが、エリが前述した積極奇異型の自閉症ならば、他人を求めたとしても、それは「自閉症ではない」という決定的な材料とはいえないのだ。
もう一つ自閉症に気づかなかった理由は、エリに同年齢の子どもたちよりも優秀な面があったからだ。
自閉症児の発達には凹凸がある。遅れている面もあれば、逆に進んでいる面を見せることもあるのだ。エリも、三歳の時にはひらがな、カタカナが全部読めたし、数も二〇まではそらで数えられた。同じ年齢の子どもと比べて、これはかなり早いほうだ。
だから僕も妻もこう思っていた。
〈そのうち発達のバランスがとれてくれば、エリも他の子たちと同じようになれるよ〉
〈なにか一つ、きっかけがあれば、エリの成長も急速に始まるんじゃないか〉
おそらく発達障害を抱える子どもを持つ多くの親がそうであるように、僕たち夫婦もそんな“信仰”を持っていた。
そんな調子だったから、エリが二歳くらいのときから、僕は毎晩、インターネットで子ども向けのイベント情報を探し回っていた。そして週末になると、人形劇や子ども向けのコンサートに出かけ、園を休ませては家族で旅行に出かけた。こうした「体験学習」をきっかけにして、エリの成長が突然始まってくれるのではないかと期待していたのだ。
しかし、そんな期待は単なる幻想にすぎなかった。体験学習で得たものはほとんどなく、ただ徒労感と借金だけが残った。
(第5回につづく)
情報元
G2(ヤフーNEWS)
自閉症とはどんな病気なのか? 誤解している人もいるかもしれないので、少し説明しておこう。
自閉症とは部屋に引きこもったり、他人との接触に消極的だったりする状態を指す言葉ではない。生まれたときから持っている、脳の機能不全の一種だ。両親のしつけや生活環境という後天的要因によって引き起こされるものではない。
「他人との適切な社会的関係がとれない」「言葉の遅れがある」「同じことに固執し、関心が広がらない」という三つの領域を主な症状とする発達障害だ。多くの研究者が、自閉症の軽度のものとしてアスペルガー障害を位置づけており、言葉の遅れは目立たないとされている。
精神科医の診断が下った後、僕は、娘に詳しい検査を受けさせたが、その結果によれば、エリはアスペルガー障害より少し重い「中等度」の自閉症だろうということだった。
自閉症は対人関係行動によって、自閉症/アスペルガー障害という分け方とは異なる別の分け方もできる。孤立型、受動型、積極奇異型である。
孤立型は他人が来ると逃げてしまうようなタイプ。受動型は、他人から逃げはしないが、自分からは関わらず、なされるがままになるタイプ。積極奇異型は、自分から他人に近づいていくのだが、場や相手の感情をまるで読みとれず、その近づき方が普通の人から見ると変に見えるタイプだ。エリの場合は三番目のグループだったのだ。
サキが保育園に通っていた頃、妻がためらいながら切り出したことがある。
「この子、発達障害じゃない?」
実は僕同様、妻も臨床心理士の資格を持っている。ただし僕のキャリアは、精神病院で統合失調症の患者に対する心理テストがメインだったし、妻は小児科に勤務し、子どもの体調不良の原因に心理的ストレスがないかどうかを調べるのが専門だった。
要するに、生まれつき脳に障害を持つ発達障害の子どもと直接接する機会がほとんどなかったのだ。だからお互い、発達障害について詳しい知識を持ち合わせていなかった。その妻の口から、「発達障害」という言葉が出たことにまず僕は驚いた。
「うーん、もしかしたら何か軽い障害があるのかもしれないね」
「自閉症、とか?」
それだけは絶対にあり得ない。それが僕の確信だった。というのも僕には自閉症の従兄弟がいて、子どもの頃からなんども会っていた。その従兄弟は僕の家に来ると、いつもスイッチの入っていない扇風機の羽根をいつまでも指で回して、嬉しそうに笑っていた。彼は自分の母親とも視線を合わせることはなかった。それは子どもの僕の目にもハッキリ分かった。
そうした従兄弟の振る舞いは、エリのそれとは全くかけ離れたものだった。
なんといってもエリは明るい。天真爛漫だ。スキンシップも体当たり的で激しいくらいだ。従兄弟の症状とエリの状態は、まるで重ならなかった。それが自閉症を疑わなかった理由だ。だが、エリが前述した積極奇異型の自閉症ならば、他人を求めたとしても、それは「自閉症ではない」という決定的な材料とはいえないのだ。
もう一つ自閉症に気づかなかった理由は、エリに同年齢の子どもたちよりも優秀な面があったからだ。
自閉症児の発達には凹凸がある。遅れている面もあれば、逆に進んでいる面を見せることもあるのだ。エリも、三歳の時にはひらがな、カタカナが全部読めたし、数も二〇まではそらで数えられた。同じ年齢の子どもと比べて、これはかなり早いほうだ。
だから僕も妻もこう思っていた。
〈そのうち発達のバランスがとれてくれば、エリも他の子たちと同じようになれるよ〉
〈なにか一つ、きっかけがあれば、エリの成長も急速に始まるんじゃないか〉
おそらく発達障害を抱える子どもを持つ多くの親がそうであるように、僕たち夫婦もそんな“信仰”を持っていた。
そんな調子だったから、エリが二歳くらいのときから、僕は毎晩、インターネットで子ども向けのイベント情報を探し回っていた。そして週末になると、人形劇や子ども向けのコンサートに出かけ、園を休ませては家族で旅行に出かけた。こうした「体験学習」をきっかけにして、エリの成長が突然始まってくれるのではないかと期待していたのだ。
しかし、そんな期待は単なる幻想にすぎなかった。体験学習で得たものはほとんどなく、ただ徒労感と借金だけが残った。
(第5回につづく)
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