わずかな資金で手始めに軍の放出品のモーターサイクルを整備し、それとともにサイドカーの船、つ まり側車をつくって売った。当時サイドカーはライオンズの天才的なデザインセンスから生み出されたも流行っていて、船の抜群のスタイルは、市場に大いに受け入れられた。サイドカー・ビジネスで成功し、彼は自動車をつくってみよう、という気になる。ライオンズは当時のイギリスのベストセラー、オースティン・セブンのスペシャル・ボディをデザインし発表する。オースティン・セブンは、安価で信頼性が高いベーシックカー、大衆車だった。大衆車とは言っても、この自動車を持つことができたのは中流階級以上の人々ではあったのだが。「しかし、スタイルはいただけない」ライオンズの声が聞こえてくるようである。彼は、ポイントに目をつけ、見違えるようなおしゃれで流麗なクーぺのようなボディを与えた。「オースティン・スワロー」は、まさに燕の如く、飛ぶように売れた。ライオンズはすでにこのとき、大衆の興味は「デザイン」、あるいは「スタイリング」であることを見抜いていた。
博愛精神
博愛精神