「。。一体、どういうことだ・・?」
私のポケットの中で鳴り続ける着信音。
繋がるはずのないスマホの音を耳に、唖然としたクリムトが呟いた。
顔を見合わせた私とケイトを見て、シーガルが推理する。
「どうやら着信は初めてじゃないようね。。携帯機器をここに出して。」
怯えて青ざめた顔のシーガル。
さっきまでの穏やかさは消え、命令する強い口調。
机に置くつもりのその手は震えて、バンと叩くような音が機内に響いた。
私はポケットから鳴り続けるスマホを取り出して、静かに机に置いた。
「ハロー、コルパタ、出るの遅いじゃない!今日はパプアンもいるよ!」
画面から手を振るサクラ。
その後ろでパプアンは、私が沈めた髪飾りを振って踊っていたが、こっちを見てその動きを止めた。
私とケイト。
そして彼女たちには見覚えのない3人の人物。
おそらく私は彼女たちを心配させる顔をしていたのだろう。
普段と違う状況に、サクラは後ずさりしてパプアンにしがみついた。
「ロンド、逆探知だ!」
クリムトがそう叫ぶと、ロンドがスマホを奪うように手に取った。
「なにするのよ!それはコルパタの・・!」
取り返そうとするケイトを押しのけ、ロンドはスマホをデスクの機械の上に置いた。
機械の青い光に照射され、テーブルの真ん中にスマホの画面が浮かび上がった。
深海の映像が立体となって、その横には位置を示しているのだろうか数々の数字とマップ。
「誰だよ、あんた!」
ディスプレイされたパプアンが怒っている。
その後ろに隠れるように、サクラが半分顔を出している。
「こ、こちらは地球、君たちが誰かを教えてくれ。」
クリムトの声に呆気にとられるパプアンは、すぐさま大声で笑いだした。
「なにが地球よ、もしかして私は宇宙人?バカじゃない?ところであんた誰よ?コルパタにひどいことしてないでしょうね!?」
矢継ぎ早に挑発するパプアンの言葉に耳を背けるかのように、クリムトが私を睨んだ。
この状況を説明しろと言わんばかりだ。
ディスプレイの画面が変わり、何かを導き出した。
シーガルがその答えを読む。
「探知できました!ここから202.68ヤード先、海上です。」
「海上?残念でしたぁ~。私たちはそこの海底ですぅ。」
「海底?そこは海の中なのか?一体どうやって?」
「知らないわよ、そんなこと。」
ふざけているようなパプアンの答え。
真に受けるには確証がない彼らは明らかに焦り怒っていた。
「・・。本当です。彼女たちは海の底に住んでいると言ってました。」
もう隠すことも取り繕うこともできない。
これ以上パプアンが彼らの怒りを買う前に、私は本当のことを話した。
海岸の岩場でこのスマホを拾ったこと。
電源もなしに彼女たちと通信していること。
サクラ以外、彼女たちはかつて人間で、今は深海に暮らしていること。
どれ一つとして信じるに値しないファンタジー。
しかし、ディスプレイの地図のポイントは、青く塗られた海原。
陸地ひとつない場所。
「クリムト、・・確かにこのポイントは水深8000mの海淵で。。」
「シーガル、ばかばかしい!お前は信じると言うのか?」
そんなやり取りを退屈そうに眺めていたパプアンが口を開く。
「もういい?どいてよ。あなたたちには用はないの。私はコルパタとおしゃべりしたいの!」
パプアンは私の髪飾りを、「あなたたちは邪魔」とばかりに振ってみせた。
今まではカメラとなって映していた「ヴィーダ」と彼女たちが呼ぶ不思議な光る石。
パプアンが振るヘアピンの金属部分が鏡となって、その石の光を反射させた。
光は一本の線となって私たちのいる機内に上る。
その光が壁に当たった途端に、機内に鳴り響いたアラーム。
間もなくパプアンの姿は消えて、通信は途切れた。
光が触れた機体の部分、その壁が抜いたようにぽっかりと丸い穴が開いていた。
分厚い鉄板も貫かれ、その穴からは焦げた匂い。
アラームはそのせいで鳴ったのだ。
外気が漏れ出したことで、全員が慌ててマスクをつける。
かつての戦争の時、深海に降る残骸を残らずヴィーダの光が消し去ったとサオラが話していたのを思い出した。
彼女たちを守るというヴィーダ。
その恐ろしい力を始めて目にした。
「帰還するしかない!パラディソに大至急!」
攻撃されたと思われても仕方がない。
煽るように鳴り響くアラーム。
「あなたたちは降りて!早く!」
シーガルは私たちにVESSELから降りるよう促した。
私がスマホを手に取ろうとした時だった。
ロンドが一瞬先にそれを奪った。
「これは預からせてもらう。」
さも当たり前のような、有無も言わせぬ言い方だった。
「なに言ってるのよ!それはコルパ・・・・!」
「いいの、ケイト!。。わかりました。それはお預けします。」
私は静かに息を吸うと、ひとつだけ条件をつけた。
「ただし、一日だけ。明日またここへ、この海岸へ来てください。」
機内の空気は次第に汚されていく。
セレクシオは急ぎたいが、降りない私たちまで連れていくわけにはいかない。
クリムトは考えていた。
「・・・。その時に、・・これを返せというのかね?」
「いいえ。明日、私をセレクシオとしてパラディソに連れてってください!」
VESSELは舞い上がり、空を渡り遠ざかる。
海岸に残された私とケイトは、それを静かに見送った。
隣に並ぶケイトが小さく呟く。
「・・。どういうことよ?」
かすれた声と鼻をすする音。
まだ空を見上げているケイトの横顔。
その目にはこぼれそうな涙が溜まっている。
「あなたが、あなたがセレクシオってどういうことよ!?」
ようやく私を見つめる目。
溜まっていた涙がこぼれ落ちていた。
私はそっとマスクを外す。
そして両手を広げて深呼吸をした。
「今まで黙っていてごめんなさい。そう。多分、私はセレクシオ。ここで普通に息もできる。・・それにね。。」
海岸に押し寄せては引いていく波。
私は波打ち際まで歩いて、履いていたボロボロのサンダルを脱いだ。
寄せる波に足を預ける。
引く波が踏んだ砂に、私の足跡をつける。
「こうして汚された水の中でも平気なの。なんともないの。普通じゃないよね。」
私は海の先に歩き続けた。
体が沈む。
その水は私の腰を、胸を覆って。
「やめて!コルパタ!」
ケイトは波打ち際まで走るけど、押す波に後ずさる。
誰もが知っているこの海は、猛毒に侵された海。
私は振り返る。
私はセレクシオ。
私とケイトのその距離が、阻む毒が、いつまでも今のままではいられないと宣言しているようだ。
「ごめんね、ケイト。私は何不自由ないパラディソに暮らすより、あなたと一緒に居たかった。あなたとスージーと過ごす日がなにより大切で幸せだったの。」
「だったらなんでパラディソに行くなんて言うの!?」
「・・・。夢みたいな事って怒られるかもしれないけど。。。」
押し寄せた強い波が私の足をさらって、私の体は水に沈む。
沈む体、水を吸って重い服、こないだよりも成長した厄介で邪魔な胸。
今まで採ってきた貝もエビも、私がこうして潜って採ってきたもの。
毒のない深い海に潜って。
濁った雲から日差しが差す。
壊れた太陽が久しぶりに顔を出した。
「ケイト、見て。これが私。この毒だらけの世界でも生きられる私の力。」
胸まで浸かった海の中の私に、ケイトはなすすべなくしゃがみこみ、足元の砂を握った。
「ケイト、お願いがあるの。」
「・・。お願い?」
「私の代わりにスージーのそばにいてあげてほしいの。最後まで。」
ケイトは返事を拒んで泣いたけど、私は安心していた。
ケイトなら私のお願いも望みも、なんでも叶えてくれることを知っていたから。