ネット小説「works」 -2ページ目

ネット小説「works」

「知られたくないから」は土曜、火曜に更新です。
よろしくお付き合いくださいませ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「。。一体、どういうことだ・・?」

 

 

私のポケットの中で鳴り続ける着信音。

繋がるはずのないスマホの音を耳に、唖然としたクリムトが呟いた。

 

 

顔を見合わせた私とケイトを見て、シーガルが推理する。

 

 

「どうやら着信は初めてじゃないようね。。携帯機器をここに出して。」

 

 

 

怯えて青ざめた顔のシーガル。

さっきまでの穏やかさは消え、命令する強い口調。

机に置くつもりのその手は震えて、バンと叩くような音が機内に響いた。

 

 

私はポケットから鳴り続けるスマホを取り出して、静かに机に置いた。

 

 

 

「ハロー、コルパタ、出るの遅いじゃない!今日はパプアンもいるよ!」

 

 

画面から手を振るサクラ。

その後ろでパプアンは、私が沈めた髪飾りを振って踊っていたが、こっちを見てその動きを止めた。

 

 

私とケイト。

そして彼女たちには見覚えのない3人の人物。

 

 

おそらく私は彼女たちを心配させる顔をしていたのだろう。

普段と違う状況に、サクラは後ずさりしてパプアンにしがみついた。

 

 

「ロンド、逆探知だ!」

 

 

クリムトがそう叫ぶと、ロンドがスマホを奪うように手に取った。

 

 

「なにするのよ!それはコルパタの・・!」

 

取り返そうとするケイトを押しのけ、ロンドはスマホをデスクの機械の上に置いた。

 

 

機械の青い光に照射され、テーブルの真ん中にスマホの画面が浮かび上がった。

深海の映像が立体となって、その横には位置を示しているのだろうか数々の数字とマップ。

 

 

「誰だよ、あんた!」

 

 

ディスプレイされたパプアンが怒っている。

その後ろに隠れるように、サクラが半分顔を出している。

 

 

「こ、こちらは地球、君たちが誰かを教えてくれ。」

 

 

クリムトの声に呆気にとられるパプアンは、すぐさま大声で笑いだした。

 

 

「なにが地球よ、もしかして私は宇宙人?バカじゃない?ところであんた誰よ?コルパタにひどいことしてないでしょうね!?」

 

 

矢継ぎ早に挑発するパプアンの言葉に耳を背けるかのように、クリムトが私を睨んだ。

この状況を説明しろと言わんばかりだ。

 

 

ディスプレイの画面が変わり、何かを導き出した。

シーガルがその答えを読む。

 

 

 

「探知できました!ここから202.68ヤード先、海上です。」

 

「海上?残念でしたぁ~。私たちはそこの海底ですぅ。」

 

「海底?そこは海の中なのか?一体どうやって?」

 

「知らないわよ、そんなこと。」

 

 

ふざけているようなパプアンの答え。

真に受けるには確証がない彼らは明らかに焦り怒っていた。

 

 

「・・。本当です。彼女たちは海の底に住んでいると言ってました。」

 

 

もう隠すことも取り繕うこともできない。

これ以上パプアンが彼らの怒りを買う前に、私は本当のことを話した。

 

 

 

 

海岸の岩場でこのスマホを拾ったこと。

電源もなしに彼女たちと通信していること。

サクラ以外、彼女たちはかつて人間で、今は深海に暮らしていること。

 

 

 

どれ一つとして信じるに値しないファンタジー。

 

しかし、ディスプレイの地図のポイントは、青く塗られた海原。

陸地ひとつない場所。

 

 

「クリムト、・・確かにこのポイントは水深8000mの海淵で。。」

 

「シーガル、ばかばかしい!お前は信じると言うのか?」

 

 

そんなやり取りを退屈そうに眺めていたパプアンが口を開く。

 

 

「もういい?どいてよ。あなたたちには用はないの。私はコルパタとおしゃべりしたいの!」

 

 

パプアンは私の髪飾りを、「あなたたちは邪魔」とばかりに振ってみせた。

 

 

 

今まではカメラとなって映していた「ヴィーダ」と彼女たちが呼ぶ不思議な光る石。

パプアンが振るヘアピンの金属部分が鏡となって、その石の光を反射させた。

 

 

 

光は一本の線となって私たちのいる機内に上る。

その光が壁に当たった途端に、機内に鳴り響いたアラーム。

 

間もなくパプアンの姿は消えて、通信は途切れた。

 

 

光が触れた機体の部分、その壁が抜いたようにぽっかりと丸い穴が開いていた。

分厚い鉄板も貫かれ、その穴からは焦げた匂い。

 

アラームはそのせいで鳴ったのだ。

外気が漏れ出したことで、全員が慌ててマスクをつける。

 

 

 

かつての戦争の時、深海に降る残骸を残らずヴィーダの光が消し去ったとサオラが話していたのを思い出した。

 

 

彼女たちを守るというヴィーダ。

その恐ろしい力を始めて目にした。

 

 

「帰還するしかない!パラディソに大至急!」

 

 

攻撃されたと思われても仕方がない。

煽るように鳴り響くアラーム。

 

 

「あなたたちは降りて!早く!」

 

シーガルは私たちにVESSELから降りるよう促した。

私がスマホを手に取ろうとした時だった。

 

ロンドが一瞬先にそれを奪った。

 

 

「これは預からせてもらう。」

 

 

さも当たり前のような、有無も言わせぬ言い方だった。

 

 

「なに言ってるのよ!それはコルパ・・・・!」

 

「いいの、ケイト!。。わかりました。それはお預けします。」

 

 

私は静かに息を吸うと、ひとつだけ条件をつけた。

 

 

 

「ただし、一日だけ。明日またここへ、この海岸へ来てください。」

 

 

機内の空気は次第に汚されていく。

セレクシオは急ぎたいが、降りない私たちまで連れていくわけにはいかない。

 

クリムトは考えていた。

 

 

「・・・。その時に、・・これを返せというのかね?」

 

「いいえ。明日、私をセレクシオとしてパラディソに連れてってください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

VESSELは舞い上がり、空を渡り遠ざかる。

 

 

海岸に残された私とケイトは、それを静かに見送った。

 

 

隣に並ぶケイトが小さく呟く。

 

 

「・・。どういうことよ?」

 

 

 

かすれた声と鼻をすする音。

まだ空を見上げているケイトの横顔。

その目にはこぼれそうな涙が溜まっている。

 

 

「あなたが、あなたがセレクシオってどういうことよ!?」

 

 

ようやく私を見つめる目。

溜まっていた涙がこぼれ落ちていた。

 

 

私はそっとマスクを外す。

そして両手を広げて深呼吸をした。

 

 

「今まで黙っていてごめんなさい。そう。多分、私はセレクシオ。ここで普通に息もできる。・・それにね。。」

 

 

海岸に押し寄せては引いていく波。

私は波打ち際まで歩いて、履いていたボロボロのサンダルを脱いだ。

 


寄せる波に足を預ける。

引く波が踏んだ砂に、私の足跡をつける。

 

 

「こうして汚された水の中でも平気なの。なんともないの。普通じゃないよね。」

 

 

私は海の先に歩き続けた。

 

体が沈む。

その水は私の腰を、胸を覆って。

 

 

「やめて!コルパタ!」

 

 

ケイトは波打ち際まで走るけど、押す波に後ずさる。

誰もが知っているこの海は、猛毒に侵された海。

 

 

私は振り返る。

私はセレクシオ。

 

私とケイトのその距離が、阻む毒が、いつまでも今のままではいられないと宣言しているようだ。

 

 

「ごめんね、ケイト。私は何不自由ないパラディソに暮らすより、あなたと一緒に居たかった。あなたとスージーと過ごす日がなにより大切で幸せだったの。」

 

「だったらなんでパラディソに行くなんて言うの!?」

 

「・・・。夢みたいな事って怒られるかもしれないけど。。。」

 

 

 

押し寄せた強い波が私の足をさらって、私の体は水に沈む。

沈む体、水を吸って重い服、こないだよりも成長した厄介で邪魔な胸。

 

 

今まで採ってきた貝もエビも、私がこうして潜って採ってきたもの。

毒のない深い海に潜って。

 

 

濁った雲から日差しが差す。

壊れた太陽が久しぶりに顔を出した。

 

 

「ケイト、見て。これが私。この毒だらけの世界でも生きられる私の力。」

 

 

胸まで浸かった海の中の私に、ケイトはなすすべなくしゃがみこみ、足元の砂を握った。

 

 

「ケイト、お願いがあるの。」

 

「・・。お願い?」

 

「私の代わりにスージーのそばにいてあげてほしいの。最後まで。」

 

 

 

ケイトは返事を拒んで泣いたけど、私は安心していた。

 

ケイトなら私のお願いも望みも、なんでも叶えてくれることを知っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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波の高い今朝の海岸。

風に煽られるマスクを直すと、ケイトは灰色の空を見上げている。

 

 

そこは待ち合わせの場所。

大雑把な指定だったが、他に人の姿はなく、むしろ最適なのかもしれない。

 

 

 

サクラたちとの通信に割ってきた電話。

電話の主はクレムトと言い、セレクシオでありパラディソの科学者だと告げた。

 

ゲートに行ったあの日、私のスマホはパラディソの研究室で感知されていた。

セレクシオの中でも重要な者でしか持たない携帯機器の電波が、下界で受信されたことに驚いたようだ。

 

 

ゲートの布屋から逃げたと同時に通信は途切れ、それでもデータを割り出し、私のスマホにたどり着いたらしい。

携帯機器を確認させてほしいと、今日ここに呼び出された。

 

 

「来ないね。セレクシオ。。。」

 

 

ケイトは空を探すのに飽きて、砂浜にしゃがみ込む。

 

 

「昔はさ、この海で泳いだりしたんだってさ。。もちろん空気も、こんなマスク越しに話したりしなくてよかったなんて、、なんか不思議よね?」

 

 

私が毒に耐性を持った人間、いわばセレクシオになれる人間だとはケイトは知らない。

教えなかったのは単純に、今の暮らしが好きだったから。

 

豪華じゃなくてもスージーの作るご飯が美味しくて、不便が多くてもケイトと遊ぶ時間が楽しくて、私にとってかけがえのない世界だったから。

 

ケイトの問いかけに、秘密を持った私は小さく笑うしかなかった。

 

 

 

 

言わなきゃ・・。

 

 

ケイトには自分からちゃんと。

 

 

 

 

 

「。。あ、あのね・・ケイト。。」

 

「来た!!」

 

 

私の告白を遮ってケイトは空を指さした

見上げると大型のヘリコプター。

 

家一軒あろうかというその大きさだが、とても静かに私たちのいる砂浜に近づいてくる。

 

 

「着陸します。近寄らぬように。」

 

 

アナウンスの声が聞こえ、次第に降りてくる機体。

巻きあがる砂に目を閉じて顔を覆った私たち。

 

音と風が鳴りやみ目を開くと、まるで立ちはだかるかの銀色の機体。

 

その扉が開きタラップが下りて、顔面を全て覆ったマスクの大人が3人。

表情どころか男性なのか女性なのかもわからない。

ただ不気味さだけが漂い、私たちはただ立ち尽くしていた。

 

 

「はじめまして、私がクレムト。この二人は調査団のメンバー、シーガルとロンドだ。」

 

 

右手を差し出してクレムトが握手を求める。

 

手首まで隠す分厚い手袋。

まるで素手で触ってはいけないみたい。

 

ためらう私を横目に、ケイトがそのグローブを握った。

臆する私の目の前に、もう一人の手が差し出される。

 

 

「はじめまして、シーガルです。」

 

女性の声だ!

 

フェイスシールドの窓からわずかに見えた眼。

長いまつげ、この人も‥セレクシオ。

 

 

「ここは空気が汚れている、VESSELで話そう。」

 

 

指さしたものはヘリコプター、ヘリコプターというより宇宙船だ。

 

 

「ケイト・・。どうする?」

 

「コルパタ何言ってるの?どうするも何もないよ、乗るしかないじゃん。」

 

なんにでも興味津々なケイトは、明らかにこの状況を楽しんでいた。

 

 

私はいつでもこうだ。

怖がって自分で「正しい」を探せない。

ケイトに、スージーにいつも手を引かれてばかり。

 

今日たった一本の電話に、危険かもわからない誘いに乗ってここへ来られたのもケイトがいたから。

 

セレクシオにひとつのお願いを叶えてもらいたかった。

セレクシオの、パラディソの医療でスージーを助けてもらうため。

 

 

タラップを上がると自動で扉が閉ざされた。

真っ白な広い室内、白い大きなテーブルに立体で浮かび上がるのは地図だろうか?

 

セレクシオの3人がマスクを外したその素顔。

 

クレムトは落ち着きある声の痩せた男性。

マスクを外すとテーブルの眼鏡をかける。

 

ロンドは短髪でいかにも無骨で強そうな男性。

そしてシーガルは金髪で、私の想像していた通りのスレンダーな美人だった。

20代だろうか?想像以上に3人は若かった。

 

 

「ここではマスクは必要ない。そこにかけてくれ」

 

 

クリムトがそう言うと、ロンドが椅子を引く。

ロンドがにやりと笑い、あごで指図する。座れってことなんだよね?

 

私とケイトは顔を見合わせ、汚れひとつない椅子に腰かけた。

 

 

「ご足労おかけした、ありがとう。君が・・通信機器の持ち主?」

 

クリムトはケイトに目配せする。

 

 

「ち、違います!私はあの・・付き添いっていうか彼女の友達で。。彼女はコルパタって言って。」

 

私はおずおずと小さく頭を下げた。

離れた机で作業をしていたシーガルの手が一瞬止まった。

 

 

「そうか、君が持ち主、失礼した。今日は持ってきてくれたかな?」

 

「は・・はい。。」

 

「見せてもらえるかな?」

 

「・・そ、その前にひとつ、い、いいでしょうか?」

 

「?・・なんだね?」

 

「セ、セレクシオの医療で、私の叔母を治してくれませんか!お願いします!!」

 

 

突然のお願いにセレクシオの3人は顔を見合わせている。

 

 

「お願いします!」

 

私はテーブルに頭をつけた。

錆びついたボロボロの髪が数本、テーブルに落ちる。

 

 

「お願いします!」

 

懸命な私を見てケイトも同じように頭を下げた。

 

 

「・・。君の叔母とは?君の母親は?」

 

「母は私を産んで亡くなりました。そんな私を育ててくれた叔母なんです。」

 

「叔母、、。叔母さんはいくつになる?」

 

「・・。多分、48歳。」

 

 

クリムトとロンドが顔を見合わせ、二人の表情が曇った。

シーガルが私の肩にそっと手を置いた。

 

 

「コルパタ。。あなたたちが考えているほどセレクシオは万能じゃないの。。」

 

「?・・どういうことですか?」

 

「私たちの寿命は約30年。あなたの叔母さんほどの命はないの。」

 

「当然、医療はあるがそれはあくまで衛生的な環境の上のものだ。」

 

「・・・。そんな。。。」

 

 

セレクシオでもスージーを救えない。

その事実に愕然とした。

 

 

「じゃあ・・私は。。。何のためにここに?」

 

 

つぶやいた私にシーガルが尋ねた。

 

 

「ねぇ、あなた。。コルパタって名前は誰がつけたの?」

 

 

見当違いの質問が耳に入らず考えた。

 

 

なまえ?

 

そう。。

私の名前をつけたのはたしか。。

 

 

「母です。」

 

「率直に聞くわ。あなたはもしかしたらセレクシオ?」

 

 

 

静まり返った部屋に着信音が鳴る。

私のポケットの中でスマホが鳴っている。

 

 

「・・なんでこんな時に・・。」とケイトが吐き捨てた。

 

 

 

 

 

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スージーは最近元気がない。

食事の量も減って夜通しせき込む声が聞こえる時もある。

 

心配する私に「私ももう歳だしね。」と、小さく笑う。

 

スージーは48歳。

昔ならば「まだ若い」と言われた年齢だろうが、今のこの世界では長寿の類にあたる。

 

 

例えば私たちがセレクシオであるなら、病院という場所で医療を受けることができるのだろう。

具合の悪い原因を探って、治療を受けることだっけ可能だろう。

 

母親代わりに私を育ててくれたスージー。

下民としてクラスそんな不公平を、つい口にしてしまう。

 

かなしい顔した私の頭をなでてスージーは薄く笑うと、ハーブを浮かべた白湯を差し出してこう言った。

 

 

「コルパタ、ただ長く生きることが果たして幸せだと思う?」

 

「でも・・・。スージーは怖くないの?・・死んでしまうことが。。」

 

「そりゃ怖いわよ。でもいつかは返さなきゃいけないものなのよ。」

 

「返すって?」

 

「命よ。生きるってことは命を磨く事。私はあなたのお母さんに会って、あなたと一緒に過ごして、素晴らしい人生だった。もう私の命はピカピカだもの。」

 

 

 

私は分かっていた.

この世界で今まで幾度か見てきた。

 

スージーはもう、そう長くはないことを。

 

 

きっとスージーは穏やかに死を迎える。

まるで眠りにつくように。

 

それを想像して、私はスージーの胸に顔をうずめて泣いた。

 

 

「大丈夫よ、コルパタなら大丈夫。。」

 

なにが「大丈夫」なのか?その意味も知りたくはない。

幼い頃から変わらないスージーの肌の匂いにくるまれて、私は声をあげて泣いた。

 

 

 

眠れない夜。

窓をガタガタと揺らす風。

 

今日は日中も風が強かったせいか、スモッグで曇った空から珍しくぼんやりとした月明り。

 

 

私の予感通り、スマホが着信を告げた。

 

直接スージーのことを相談できなくてもいい。

誰かと話をしたいと思っていた夜だから。

 

 

 

私が海に沈めた髪飾りは無事にサクラに届いたようだ。

 

 

架空とも思えるお互いの世界が、託した髪飾りでひとつに繋がる奇跡。

 

海底に沈む不思議な石と、私が拾ったスマホ。

まだ一度も会ったこともない私たちは、次第に深く繋がっていくのが嬉しかった。

 

 

今日はサクラと一緒に、サオラがいる。

 

いつも冷静沈着で穏やかなサオラがいてくれてよかった。

 

体が衰えていくスージー。

心配になるスージーの死への向き合う話をした。

 

 

サオラは言葉を選ぶように考えると、自分が人間だった頃を話してくれた。

 

 

「私もスージーに同感かな?私はちゃんと命を返せなかったけれど。。。」

 

「でも・・。私にとって、スージーに居ない世界なんて。。。」

 

「うん。だけど必ず誰もが死を迎えるわ。今生きることが試練なら、穏やかに死を迎えることは幸せなのかもしれないわね。」

 

 

納得できない私の顔を見たのか、サクラがおどけて割り込んできた。

 

 

「見て見て、ちゃんと届いたよ!似合うかなぁ?」

 

 

海に沈めた私の髪飾りが画面いっぱいに映る。

そこに見え隠れするサクラの嬉しそうな顔に私は笑った。

 

サクラが髪飾りを大事に撫でながら聞いた。

 

 

「でも海は広いんでしょ?なんでちゃんとここに届いたの?」

 

「ケイトが言ってたの。私たちの世界の海の一番深い場所、そこにきっとあなたたちが住んでるって。」

 

「たったそれだけ?・・それだけでなんで?」

 

「それはね・・」

 

 

言いかけてる途中、突然通信が途切れた。

 

 

「もーー!もっと話したい事あったのにぃ!」

 

いつものことだと思って、ため息で画面を見つめた。

 

 

「え?」

 

 

なぜかスマホは私の手の中で震え続けている。

 

 

その画面には次々に羅列される不規則な数字。

その数字が一通り流れた後、ボタンを象った「DIAL」の文字が点滅し始めた。

 

 

多分これは電話だ。

かつての過去の世界で、人々の会話を繋いだツール。

 

 

押せと言わんばかりに点滅する「DIAL」の文字。

 

私は恐る恐る、そのボタンを押した。

振動は止まり、スマホはザリザリとしたノイズを拾う。

 

 

「・・も・・・もしもし。。。」

 

 

ノイズ越しの声はサクラじゃない。

落ち着いた男の声がする。

 

しかも声だけ。

画面には「On The Call」の青い文字とカウントする秒数が映し出されている。

 

 

その声を聞きとれるよう。スマホを耳に当てた。

 

 

「もしもし、もしもし、聞こえますか?」

 

 

この音声はなに?

スマホの故障?

 

私に話しているのかな?

 

。。。まさかね。

 

 

疑いながらも、一応返事をした。

 

 

 

「・・・はい。。聞こえています。」

 

 

「・・・。。ゲートに二人で来た子だね?」

 

 

 

リアルタイムな音声だ。

私は怖くなった。

 

どうすればこの会話を止められるのかスマホを探った。

 

 

赤い文字の「Hang Up」、多分これだ。

そっと指を触れたその時。

 

 

 

「待って!切らないでくれ。・・。私の名前はクレムト、、、・・。セレクシオの住民だ。」

 

 

 

 

 

 

いつしか風は止んで、薄く照らしていた月明りは消えた。

窓の外は途方もない真っ黒な闇が広がっていた。

 

 

ねぇ、サクラ。。

 

あなたたちの住む深い海の世界と、どっちが黒いのかなぁ?

朝を待つことのないあなたたちの世界の「幸せ」を、どうか教えて。

 

 

 

 

 

 

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「今日は。。。ないんだね?」

 

 

よく聞こえなかったけど、頭を撫でるサクラの仕草でわかった。

 

 

 

枕元に置いたスマホが震えてるのに気づいて目が覚めた深夜。

 

昼夜問わず、相変わらずランダムな通信。

だけど、ゲートへ出かけて以来その回数も増えて、一日2,3回は通信できるようになった。

 

 

お互いの警戒心も徐々に解けて、それは私にとっての大きな楽しみと変わった。

 

サクラ、そして時々お姉さんのサオラ、元気いっぱいのパプアン。

代わる代わるお互いのことを知り、私の住むこの世界の話にサクラは目を輝かせていた。

 

 

「今日はない、って何が?」

 

「ん。。いつもの髪飾り。」

 

「あー、もうこっちは夜で寝てたからねぇ。」

 

「寝てる時は外すの!?」

 

「そんなに驚く事?サクラも寝るときはその帽子・・」

 

「帽子じゃないよ!これは頭!!」

 

「あっ、そうだったね、ごめんごめん!私寝相悪いからどこかに無くしちゃうんだ。」

 

「ふ~~ん。」

 

「。。。見たい?」

 

「うん、見たい見たい!」

 

 

 

桜の花のヘアピンはお母さんの形見。

私を産んで死んじゃったお母さんだから、そのヘアピンをつけてるところはもちろん知らない。

 

だけどスージーはそんな私を「お母さんそっくりね」と、どこか懐かしむ顔で笑う。

 

暗くて見えないかな?と思って、窓辺に寄る。

今夜は珍しく月が出てる。

 

私がスマホにヘアピンを近づけると、サクラが「うわあ」と嬉しそうな声。

少し角度を変えると、月明かりに照らされてクルクルと色を変える。

 

 

「サクラっていう花なんだって。私も咲いてるのを見た事ないけどね。」

 

「私とおんなじだ!私のサクラっていう名前はパプアンがつけたんだよ。」

 

 

 

サオラもパプアンも、かつては人間だったと聞く。

 

サオラはピアノを、パプアンは野球を。

それぞれに、戦争によって夢中だったものを奪われ、自ら命を絶ったという。

 

 

ヴィーダという深海に光る石。

命はヴィーダに導かれ、新しい「生」を手にしたとサオラが懐かしそうに話してくれた。

 

 

その深海には、実はもう一人女の子がいたという話も。

 

 

戦争により降ってきた鉄の塊で亡くなり、身ごもったその子から生まれた子がサクラ。

 

そう。

サクラのお母さんの名前はコルパタ。

 

それは、ただの偶然なのか。

 

 

 

私の姿は、今ヴィーダに映写されているらしい。

そして私は陽の光も届かない海の底をスマホで見ている。

 

私と深海を繋ぐ不思議な、なにかに導く力をぼんやりと感じていた。

 

 

「この髪飾り、気に入ってるの?」

 

サクラは一瞬パァと笑顔になったが、すぐにそれは叶わぬことと思い知る。

「べつに・・」と拗ねるサクラは、これを欲しがっている事もあからさま。

 

 

「桜は大きな樹でね、春になると花びらがブワーって、それはもういっぱい舞い散るんだ。・・って。私も見た事ないんだけどね。」

 

私の説明に耳を傾けるわけでもなく、サクラはスマホの画面いっぱいに顔を近づけてヘアピンを見ていた。

 

 

 

 

翌朝、まだ日が昇る前の海。

波は穏やかで、黒と銀の曲線を描く水平線。

 

 

この海の奥深く、それはそれは深い場所にサクラが生きている。

海底火山が時々爆発するって言ってたっけ。

 

私は岩場から海に飛び込み、深い息を整えて沈んだ。

 

 

サクラたちの暮らす場所は、私が辿り着ける場所じゃないのは分かってる。

 

それでも波に乱れる髪からヘアピンを外して、祈りと共に引き潮にそれを預けた。

 

 

「ヴィーダ。私たちを巡り合わせたなら。。どうか届けて。」

 

 

私の髪飾りがゆらゆらと、深い海の底に沈んでいく。

 

 

 

 

 

ヴィーダの前で膝を抱えて、サクラはずっと待っていた。

ここのところ繋がる回数は増えた通信。

ところが、今日は一度も繋がらない。

 

見かねたようにサオラが声をかけた。

 

 

「今日は繋がらないの?」

 

「。。。うん。」

 

膝の間に顔をうずめて、つまらなそうに返事。

 

 

「サクラにとって仲良しなのね、地上のコルパタは。」

 

「そ!。。そんなんじゃないよ!、、だって「にんげん」だもん!」

 

 

言い訳みたいにツンと怒ったサクラに、サオラが笑って答えた。

 

 

「いいのよサクラ、にんげんだって。」

 

「え?」

 

「許すことができないから悲しいことが終わらないの。だからもう許せばいいのよ。」

 

 

それは自らの過ちを、死を選んでしまった自分を許そうと決めたサオラの言葉。

 

 

「許すことができるようになればいいの。あなた自身がいろいろ見て、そして覚えて。」

 

 

サオラはサクラの頭をそっと撫でた。

その時、パプアンが慌てふためいて帰ってきた。

 

 

「サクラ~~~!サオラ~~~!大変だ!!」

 

「どうしたの?パプアン?」

 

「なんか・・なんか降ってきた!!」

 

 

 

 

 

 

この世界の桜の樹は枯れ果てて

 

 

もう観ることができないとしても

 

 

私たちはこの世界で

 

 

新しい美しさに出会うんだろう

 

 

それは世界が

 

 

どんなに不便に移り変わっても

 

 

 

 

ここは深い深い海の底。

見上げた空に、ゆらゆらと揺れながら降る一枚の金属片。

 

かつて世界に咲いた春の花を象った、一枚の金属片。

 

 

「コルパタからだ!!」

 

 

サクラは両手を広げてそれを捕まえた。

 

 

 

 

お願いヴィーダ、早く繋いで。

この空の上、地上にいるまだ会えぬ友達に。

 

どうしても伝えたい言葉を持って、今度会う時は笑顔で言おう

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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夏の涼しい夜明け前、私はスージーを起こさないようこっそりと家を出た。

 

 

アパートの下、薄暗い路上に用意された2台の自転車。

そこにはケイトが待っていた。

 

 

「おはようコルパタ、荷物は大丈夫?」

 

私は頷いて肩を揺らすと、背負ったリュックサックの中身がカラカラと音を立てる。

それを聞くと、ケイトも持っていた黒い鞄を揺する。

 

お互いの合図のような音を鳴らして、私たちはこっそりと笑った。

 

 

「じゃ行こっか。」

 

「うん。私、自転車なんて久しぶり!」

 

 

涼しい空気、ガランとした道の先に立ち込めている朝もや。

私たちはマスクを整えると、並んでペタルを漕いだ。

 

 

 

セレクシオが暮らすパラディソ。

その入り口となって栄える町「ゲート」。

 

そこは市場となっていて、それぞれ欲しいものを持ち寄って交換できると聞く。

 

あくまでそれも、ケイトの「聞いた話によると」。

 

実際、スージーは「ゲートは危険」と話していた。

もちろんそんなスージーに「今日ゲートに行く」など言えるはずもなく、こうして密かな早朝の出発となった。

 

 

私たちの暮らす街は海が近い。

嵐の後は、海岸に様々なものが漂着する。

 

朽ちた木や割れた瓶。

そんな中に、かつての戦争の爪痕らしき様々なガラクタを集めた。

もちろんそれに、どれほどの価値があるのかも知らない。

 

 

服になる新しい布を欲しがっていたケイト。

私たちにとって用途不明なガラクタも、ひょっとしたらゲートで綺麗な布と交換できるかもしれない。

 

 

グレーの西の空がぼんやりと明るくなる。

腕に足に当たる風が気持ちいい。

 

私たちの自転車は錆びついていて、苦しそうな音を車輪が朝を鳴らす。

 

 

「ねぇ、ケイト。この自転車大丈夫?」

 

「うーん、昨日整備したんだけどね。もし壊れたら私だけ行くね。」

 

「ひどいなー!」

 

 

お互いのカバンに詰め込んだガラクタより、それ以上の好奇心で胸をふくらませ私たちはペタルを漕いだ。

 

 

 

 

 

100年前、この世界で一番高かったタワー。

戦争によって崩壊したそのタワーは横たわり、今ではそのひしゃげた鉄骨にシートを張って暮らす人々。

 

細く狭い通りから大通りへの交差点。

道と言えない道や路地裏の至る所で、多くの人々が商品を並べている。

 

 

ここがゲート。

町と言うにはあまりに雑多で、ただ集うような騒がしい場所。

 

 

その雑踏に囲われるように、ガラス張りの近代的なツインタワー。

 

 

はじめて見るパラディソ。

セレクシオが暮らす街。

多くの人が憧れ、未来を夢見ることを許された街が私たちを見下ろしていた。

 

 

 

私たちはゲートを自転車を押して歩いた。

賑わいも見るもの全てが目新しく、ケイトは多く並んだ店先を楽しそうに覗いていた。

 

 

「あった!コルパタあったよ!!」

 

 

張ったロープに吊るされた色とりどりの布。

中にはドレス一着縫えるほど大きなものもある。

 

端切れとなった布は籠の中。

その籠を並べているのは、ぼさぼさの白髪の老婆だった。

 

 

ケイトは吊るされた布を手に取り、その肌触りを嬉しそうに確かめていた。

布にはナンバーと値札が貼られていた。

 

私たちの暮らす街では通貨はない。

あったところで、そのお金で買える店も何もない。

 

 

白髪の老婆ははしゃぐケイトを、訝しげに眺めていた。

それすらも気にならないほどケイトははしゃいでいる。

 

私は背負っていたリュックを下すと、老婆に声をかけた。

 

 

「あの。。ここの布、モノと交換ってできますか?」

 

 

私はリュックの中のものを、店先の老婆の足元に転がした。

ガラス瓶、化石となった古木、光る丸い球、かつての電子部品。

 

それを見た老婆に言葉はなかった。

その態度は、ケイトの欲しい布を買うには余りに足りないと言わんばかり。

 

 

「・・あの!まだあるんです!」

 

 

ケイトは自分のカバンの中身を広げる。

 

 

「帰っとくれ」

 

「大きい布じゃなくてもいいんです。その籠の中の端切れでも・・」

 

「帰っとくれ」

 

 

一瞥だけで相手にされることない、その一言にケイトの表情が曇った。

 

 

「せっかくここまで来たのに。。。」

 

 

私は少し悩んで、リュックのサイドポケットからスマホを取り出した。

 

 

 

「あの!、、これでもダメですか?」

 

「コルパタ!それはダメ!それはあなたの大事な。。・」

 

 

ようやく老婆と目が合った。

私の握ったスマホを品定めするように、しわくちゃな手を伸ばし画面をのぞき込んだ時だった。

 

スマホは小さく震え、画面いっぱいにサクラの顔が現れた。

 

 

「うわあ!!誰、お前!?」

 

 

叫んだサクラ以上に、画面を見ていた老婆は声を上げて驚いた。

老婆の手から落ちたスマホをケイトが慌ててキャッチした。

 

 

「あ・・・、あんたたち!セレクシオかい!!?」

 

 

老婆は恐々とした表情で私たちを指さす。

 

 

「帰っとくれ!セレクシオならここには用はないだろ!!」

 

 

私たちのその騒ぎに周りの人たちが集まりだす。

 

 

「セレクシオだって!?」

「一体ここに何の用だ!?」

 

 

殺気だった空気が私たちを囲う。

セレクシオに対する嫉妬と不満が私たちに向けられた。

 

 

ケイトは慌てて自分のカバンと私のリュックを手に取った。

 

 

「コルパタ、急いで!」

 

駆け出して自転車に飛び乗るケイト。

 

 

「逃げるのよ!」

 

状況を察知した私も、ケイトの後を追いかけた。

 

 

「帰れ、セレクシオ!!」

 

 

追い出された私たちを追ってくる者はいない。

やがてケイトが自転車を漕ぎながら大声で笑った。

 

 

「ほんっと、なんてタイミングで出てくるのよ!おかしいぃ!!」

 

 

崩れたビルの庇の下で自転車を停めた。

スマホの中ではまだサクラが居て、何が起きたのかわからずきょとんとした顔をしていた。

 

 

「サクラ、今日は一人なのね。」

 

 

私の問いかけに少し口をとがらせて、画面に目いっぱい顔を寄せてのぞき込む。

ケイトにつられて私も笑うと、画面の中のサクラも笑う。

 

 

「ねぇ、そこがあなたたちの世界?もっとよく見せてよ!」

 

「いいよ、ほら!」

 

 

片手でスマホを空に掲げた。

自分が踊るようにその景色を見回す。

 

 

夏の空にくすぶった雲。

崩れ落ちたコンクリートのビルディング。

彩りも何もない滅んだ町。

 

スマホから「わぁ」とサクラの驚く声が聞こえる。

 

 

「面白い?サクラ。」

 

「うん!すごいね!素敵!!」

 

 

 

私たちの住むこの世界を「素敵」と言ってくれること。

それがこんなに心を救うなんて。

 

 

「そうだ、あなたの名前聞いてなかったね!」

 

「私?私はコルパタ。よろしくね。」

 

 

 

 

ねぇ、

 

あなたはだあれ?

 

 

お互い違う世界で こんな偶然

 

ううん

 

偶然なんかじゃなくて?

 

 

。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「深海に住む。。いのち・・?」

 

 

頭が理解しようとしないのはケイトも同じ。

小さく聞こえたその答えに、ただ戸惑うばかり。

 

 

真っ暗な背景に映った長い赤い髪の女の子。

緊張してるのか強張った表情で語った。

 

 

 

 

 

                         「そこは地上 です ネ?    

                  

                あなた、あなたたちは・・・

 

 

                              に  んげん   なんで すね?」

 

 

 

 

 

「あ。。。はい。人間です。・・  なぜ深海に?。。。それも、・・・あなたは誰ですか?なぜこのスマホに通信できるんですか?」

 

 

多くを聞きすぎた、私は後悔した。

 

でも聞けるだけ聞かなきゃ。

またいつ通信が途切れるかわからない。

 

 

 

 

                     「すまほ?

 

 

                             すまほで私たちを見てるのですか?」

 

 

 

 

 

その返事に私とケイトは顔を見合わせた。

この子、スマホを知っている!

 

 

死者?

それとも異星人?

 

疑問は増すばかり。

勢いで更に聞こうとする私を制して、ケイトが心落ち着けるように自分の胸をなでおろす。

 

 

 

「あなたは、。・・・昔、 「にんげん」。だったんですね?」

 

 

 

スマホの中の女の子は、驚いた顔を見せるとゆっくり俯いた。

赤い髪で頬を隠すように。

 

 

 

 

                    「それ以上は聞かないで!」

 

 

 

 

画面下から割り込んできたのは、水色の帽子の女の子。

頬を膨らませ怒った顔してる。

 

 

            「サオラ姉さんに変なこと

 

           聞かないでよ!

 

                           にんげんのくせに!!」

 

 

 

 

 

 

                              「えっ、

 

                  なになに?サクラが言ってたのって  コレ・・・」

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

違う声が聞こえた。

もう一人いるの?

 

 

水玉の帽子が一瞬見えた。

その直後、スマホはぷつり映像を消した。

 

 

 

 

 

私たちは言葉もなく、真っ黒い画面をただ見つめていた。

窓をガタガタと揺らす強い風の音。

 

 

「わかったことは。。。」

 

 

ケイトが口を開いて立ち上がる。

 

 

「わかったことは、あの子は深海に住んでいるってこと。そして・・赤い髪の子は昔、人間だった。。」

 

「・・もう一人の子は?」

 

「うん、多分違うんじゃないかな?あんなに怒るってことは。・・サオラ姉さんって言ってたし。。。」

 

「・・・もう一人、居たね?」

 

「うん。。・・あぁ、なんか訳わかんないよ。どうなってるの?このスマホ。」

 

 

 

 

汚れ侵されたこの世界が、どれほど不幸なのか私は知らない。

 

セレクシオの暮らすパラディソ。

そこに暮らす人は、誰一人零れることなく「自分は幸せだ」と喜んでいるのかもわからない。

 

 

今生きる私の世界しか、私は知らないから。

過去を憂いたり、戦争前の世界を想像したりするけど、それは全てフィクション。

 

 

「・・。また繋がるかな?」

 

「これで2回目だっけ?コルパタ、繋がっても深入りしないほうがいいよ。

 

 

ケイトは深刻な顔してたけど、私は少しワクワクしていた。

 

 

 

 

「サクラ」

 

 

 

 

水色の帽子のあの子の名前。

素敵な名前、誰がつけたんだろ?

 

 

その昔に地上に咲いていたという花の名前。

 

春を告げ、その花びらが道を覆いつくすほど乱舞したという花。

そんな追憶の時代を、少しだけ垣間見た気がした。

 

 

 

 

また

 

会えるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もーー!パプアンが来たから切れちゃったじゃん!!」

 

「え?なに?私のせいなの?」

 

「・・。確かに人間ね。まだ生き延びていたのね。」

 

 

 

地上の二人の少女の映像は消えた。

何事もなかったように、ヴィーダは再び蒼い光を放つ石となった。

 

 

 

深い海の底。

夜のものとも昼のものとも分からない潮が風となり漂う。

 

静寂の中、ようやくパプアンが岩に腰掛け口を開く。

 

 

「こんなこと、はじめてだよ。なんでヴィーダが?」

 

「・・・なにかの、前触れかもしれないわね。」

 

「前触れってサオラ姉さん、それはいいことの?悪いことの?」

 

 

心配して聞いた私の頭を、サオラ姉さんがそっと撫でた。

 

 

「どっちにしても、私たちが決められることじゃないわ。」

 

「私は悪いことはうんざり!にんげんが関わって今までろくなことなかったもん!」

 

 

まるで自分を責めるように聞こえたパプアンの言葉。

 

パプアンもサオラ姉さんも、かつては「にんげん」。

どれほどの辛いことがあったのか、私は知らないし聞くこともできない。

 

 

「サクラも気をつけなよ。またあいつらをヴィーダが映すかもしれないから。」

 

「・・。うん、わかった。」

 

 

 

ヴィーダの蒼い光が僅かに届く暗い岩陰。

私の眠る場所。

 

 


 

 

 

 

世界ってどこまであるんだろ?

私の住むこの世界のもっともっと上。

滅びたはずの世界に、あの子はいる。

 

 

あの子の髪に結われていた白い髪飾りが可愛かった。

 

多分あれは「花」。

なんていう「花」なのかな?

 

 

また、会えるかな?

 

会えるといいな。

 

そんなに悪い子に見えなかったし。

 

 

まだ知らない感情が、私を揺り動かして眠れない。

ヴィーダの光が小さく揺れて、まるで笑ってるみたいだった。

 

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私とスージーが暮らすアパート。

その1階に、一人で暮らす女の子がいる。

 

 

彼女はケイト。

小さなころからの私の友達。

 

ケイトのお母さんはちょうど1年前、病気で亡くなった。

 

 

私たちの住む下界では、病院もなければ薬もない。

セレクシオでない限り、命の価値はないに等しい。

当然、病気に対する知識もないため、それっぽい人が「毒」を「薬」と言えばそれを信じるしかない。

 

 

ケイトのお母さんは,

そんな理由で死んでしまった。

 

 

「もしセレクシオだったら、こんな目にあうことも。。。」

 

 

ケイトのその言葉が、私の耳から離れない。

普段陽気なケイトの見せた、最初の涙だったから。

 

 

 

私は真っ黒い画面のスマホを見つめていた。

 

画面が鏡となって映しているのは私。

さっきのあの子じゃない。

 

 

「サクラ」って言ってた、あの子。。。

 

 

誰なのかもそうだけど、彼女の後ろに景色も何もなかった。

夜だったのか?

それとも、どこかに囚われている子なのかな?

 

水色の帽子、それに・・・。。

 

 

考えるのは中断、私はキッチンに。

 

 

「スージー、お鍋借りていいかな?」

 

キッチン脇に置かれたバケツから、今日採ってきたエビと貝を鍋に分ける。

 

 

「ケイトのとこに持ってくのかい?」

 

「うん、いいかなぁ?」

 

「もちろん。それだったらこれも持っていってちょうだい。」

 

 

片足がガタガタと揺れる古い椅子に腰かけて、私の服の破れた肘を直していたスージー。

キッチンの下の引き出しから、ビニール袋を取り出した。

 

 

「お芋が手に入ったからエンサラディージャ作ってみたの。ケイトにも分けてあげて。」

 

 

茹でたポテトとグリーンピースのサラダ。

袋の口からオリーブのいい匂いがする。

 

 

「ありがとう、スージー。ケイトきっと喜ぶわ!」

 

「たまには夕食一緒にいかが?って言っといて。たいした食事は用意できないけれど。」

 

 

まだ少し温かいその袋を手に、私はケイトの部屋へ駆け下りた。

 

 

ケイトに聞いてみよう。

頭のいいケイトなら、なにかわかるかも?

 

スマホに映った「サクラ」が誰なのか?

そもそも使えないはずのスマホがなぜ動いたのかも含め。

 

 

「ケイト、いるぅ?」

 

 

ドアのカギは壊れていて、私は軽くノックだけすると部屋に入った。

 

 

「コルパタ?どうぞ、入って。」

 

 

ケイトはベランダでプランターに水をあげていた。

 

 

晴れて暑い日、やせた細い腕。

 

長い赤い髪が頬に垂れて、日差しを含んだ乾いた風が靡く髪をキラキラ輝く。

しゃがみこんだ膝小僧には、昔一緒に遊んで転んだ時の傷がまだ赤く残っている。

 

 

「もう40日も雨ないんだよ。作物枯れちゃうよぉ。。」

 

 

スカートをパンパンとはたき、不満そうにぼやくケイト。

 

プランターはリーフレタスと小さなトマト。

トマトは丸い球に成長し、命を輝かせるみずみずしい黄緑色をしていた。

 

 

まだ小さな頃、二人して冒険した山。

戦争の被害もない手つかずの山から拾ってきた土で、ケイトは今も野菜を育てている。

 

 

「はい、これ。」

 

私はケイトに、持ってきたお鍋を渡す。

 

 

「うわあ、エビ!それに貝も!いいの?」

 

「うん、今朝採ってきたんだ。それと、スージーがたまにはご飯一緒にって言ってたよ。」

 

「うん、ありがと!」

 

「それとケイト、ちょっと見てほしいものがあってね。」

 

 

私はポケットからスマホを取り出した。

 

 

「えっ、スマホ?こんなにきれいなのどうしたの?」

 

「うん、今朝海で拾ったんだけど、、あのさ、変なこと聞くけど、これって「充電」っていうの?電気ないと動かないんだよね?」

 

「当たり前じゃん。・・もしかしたら動いたっていうの?」

 

 

私は小さく頷くと、画面に現れた女の子のことを話した。

ケイトは疑うわけでも呆れるわけでもなく、私の話を真剣に聞いてくれた。

 

 

「ふ~~~ん、そうか。。。ちょっとそれ、貸してもらえる?」

 

 

私がスマホをケイトに渡すと、彼女は棚の上に置いた小箱を持ち出した。

箱には様々な種類のコードや電気修理の部品が収められていた。

 

 

「あった!多分これで充電できるはず。」

 

「それって充電器?」

 

「私のガラクタコレクションも捨てたもんじゃないでしょ。」

 

 

そう笑うと、ケイトは発電機を回してコードをスマホにつなぐ。

スマホの上の小さなランプが点滅をはじめた。

 

 

「私、聞いたことあるんだ。パラディソでセレクシオ達がこれ使ってるっていう噂。」

 

「じゃああの子はセレクシオ?」

 

「かもね。でも充電しなきゃ使えないはずだし、それに海に落ちてたんでしょ?」

 

「うん、岩場で波に打たれてた。」

 

「それも変な話・・そろそろいいかな?」

 

 

ケイトはスマホの電源を入れる。

黒い画面がぼんやりと動いた。

そして文字が浮かぶ

 

 

 

NO DETA

 

 

「あー、やっぱりダメかぁ。。。」

 

 

ケイトが落胆の声を上げた時だった。

 

 

「ケイト!見て!!」

 

 

NODETAの画面の向こう、暗がりに立つ女の子。

こっちに気づいてる様子はなく、上を見上げて何かを探してるみたいだ。

 

 

「。。。うそ。。なんで?」

 

 

ケイトの呟きが画面の向こうに届いたのか、女の子はきょろきょろするとこっちを見た。

水色の花模様の帽子。

 

あの子だ、「サクラ」と名乗った子。

 

 

何を言えばいいのか、言葉を選んだ。

私がまごまごしてるうちに、女の子は叫んだ。

 

 

「サオラ姉さーん!」

 

 

その声が合図のように、画面の上から無数の赤い糸が降ってくる。

 

それは糸ではなく髪。

長い紅い髪の女の子は、赤と透明の縞模様の帽子をしていた。

 

 

 

 

「もしもし  聞こえますか?」

 

 

 

ささやきのような声が聞こえる。

どこか懐かしさを感じる優しい声。

 

 

「き、聞こえます。」

 

 

 

                「あなたは               にんげん   ですか?」

 

 

 

 

 

 

「・・・。人間ですかってことは、あなたは人間ではないのですか?」

 

 

私の代わりにケイトが尋ねる。

 

 

 

 

      「わたしは   わたしたちは    しんかいにすむ    イノチ   」

 

 

 

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私たちが暮らす深い海の底。

光のないこの世界を、ほのかに照らす蒼い朧げな光。

 

 

私たちが「ヴィーダ」と呼ぶ、その光る石。

 

 

その石に触れることは許されない。

触れたものを一瞬で消し去ってしまう力があるという。

 

しかし、その光は私たちの傷をいやし、時に危険を知らせる、この世界に欠かせないもの宝。

 

 

 

私が生まれる前のこと。

サオラとパプアンともう一人、ここで暮らしていた子がいたと聞く。

 

 

その子の名前はコルパタ。

 

 

まだ生まれる前の私を、そしてパプアン、サオラ姉さん。

この世界を守り、ヴィーダに誘われるように眠りについたと聞く。

 

 

コルパタは、私にとっての「おかあさん」だとサオラ姉さんが教えてくれた。

 

 

 

「おかあさん」

 

 

なんだろ?それ。

知らない言葉

 

 

私はその子から「種」となって生まれ、「花」へと生まれ変わって、今こうして生きているその仕組み。

 

サオラ姉さんのそんなお話に、「サクラには難しいかぁ」とパプアンが笑うのも無理はない。

正直まるで理解できないし、それを考えると頭が重くなり眠たくなる。

 

だけど、からかわれるのはキライ。

 

 

 

 

見上げる闇のそのまだ上。

私たちの暮らすこの世界のもっと上。

「明るい」と「暗い」が永遠に繰り返す世界があるという。

 

 

姿も様々な生物が数限りなく暮らす世界。

舞うモノ、走るモノ、その姿も様々だと聞く。

 

そんな中、世界を支配したかのように振る舞う生物がいるという。

 

 

 

 

その名は「にんげん」

 

 

 

 

かつてサオラ姉さんもパプアンも「にんげん」だったという。

その記憶を蘇らせたのもヴィーダだと聞く。

 

 

争うことが好きな「にんげん」。

自らを消しあう「せんそう」を起こした「にんげん」。

 

「もう今頃、上の世界は滅んだのでは」と、サオラ姉さんが話してくれた。

 

 

 

サオラ姉さんの愁いを帯びた悲しそうな顔は、かつて「にんげん」だったから?

 

 

 

そんな悲しい世界で、自ら命を捨てたというサオラ姉さんとパプアン。

 

いろいろ聞きたい、教えてもらいたいけど、興味で聞くのは悪い気がして聞けなかった。

 

 

 

 

そんな世界でも懐かしいと思うのかな?

 

思い出すことも辛いのに?

 

生まれ変わった今が、本当に幸せなのかな?

 

 

 

ここで生まれた命を持つ私には、まるで想像できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィーダの炎が薄く揺れて、サオラ姉さんのピアノが聞こえる。

 

上の世界から降ってきたピアノは、サオラ姉さんだけが鳴らせる不思議なピアノ。

それはまるで、かつての過ちを許してもらえたかのような優しい音色。

 

 

ヴィーダの炎を見つめながら、その音色に耳を傾けていた時だった。

 

 

 

「え?。。。あれ?。。」

 

 

 

ヴィーダの炎が、その光が点滅を始め小さくなっていく。

 

蒼から赤く。

見たことのない色に次々と変わって。

 

やがて光は、石の中で小さな粒となってフッと消えた。

 

 

「えっ!!うそ!?」

 

 

辺りを闇が覆う。

 

ヴィーダが消えた?

こんなこと、今までなかった。

 

 

サオラ姉さんに知らせなきゃと、舞い上がろうとした時だった。

 

 

ヴィーダから放たれた一筋の光。

銀色の光線が覆われた闇に絵を映した。

 

 

誰かの後ろ姿。

「にんげん」だ、多分。

 

その腕を置いた四角い枠。

見たこともない景色。

 

その絵はまるで動かないけど、水が白い細かな泡を引き連れて暴れているようだった。

 

 

映写された景色がゆっくりと動き出すと、一人の女の子の顔が映った。

四角い枠はただの背景、その下にしゃがみ込んでいる。

 

 

こないだ見た子だ!

暴れた水に飛び込んだあの子だ!

 

 

その目が合う。

驚いた私と同じように驚いた顔してる。

 

 

 

そしてゆっくりと、その口が動いた。

 

   

 

 

 

 

               

                   「ねぇ、・・                

      

 

                               

 

 

                                    あなたはだぁれ?」

 


 

 

えっ!!

 

どこ?

 

どこにいるの?

 

確かに声が聞こえた!

 

声は闇に映るこの子からじゃない。

どこかから聞こえるその声。

 

 

 

私は振り返る。

 

ヴィーダだ!

ヴィーダがしゃべったんだ!!

 

 

なにこれ?一体どういうこと?

 

 

まるで理解できないまま苛立った私は、きょとんとしたその子に向かって答えた。

 

 

 

「サクラ!」

  

 

 

 

 

 

 

                                    「・・・えっ?」

 

 

 

 

 

 

返事した!

 

 

やっぱり私に聞いてたんだ。

 

 

 

 

 

「わたし・・・サクラ!!・・。。あ、あなたこそ誰!?」

 

 

 

 

 

 

女の子は答えようとしてたけど、それだけ言うと私は怖くなって逃げだした。

 

 

「パプアーン、サオラー、たいへん!!」

 

そう叫びながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人を連れて戻ると、ヴィーダはいつもと変わりない蒼い光を灯していた。

 

パプアンはまた信じていないみたい。

サオラ姉さんは「どんな子だったの?」と聞いてくれた。

 

私はヴィーダが映した女の子を思い出す。

 

 

 

見知らぬ女の子は、どことなく私に似ていた。

帽子かぶってなかったけど、「にんげん」だから平気なのかな?

 

そうだ!

あの子の細い糸のような髪に、5つの模様の髪飾り。

 

 

知ってる。

 

あれきっと「花」だ。

パプアンが教えてくれた昔の私だ。

 

 

見たこともない色。

そんな小さな「花」を、髪の横にちょこんとつけていた。

 

 

「・・・。コルパタだったかもしれないわね。」

 

「そんなバカなぁ。。。」

 

 

そうだった、名前。

・・。聞いておけばよかった。

 

 

 

「にんげん」

 

もし「にんげん」だったとしても、思ってたより怖くなかったな。

 

 

また、会えるといいな。

 

パプアンに嘘じゃないと信じてもらいたいし。

 

 

 

今度は逃げないから、また会いたいな。

 

蒼く灯るヴィーダに、私は小さくお願いをした。

 

 

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かつての都会、高層ビル街。

戦火に焼け落ちたのは100年前、いまだに崩れたままの瓦礫の山。

 

 

まだ朝早いせいか人の姿はない。

それでも誰に見られるかわからない。

 

痩せた黒い鳥が街灯の柱に留まって、静かに私を見下ろしている。

私は不要なマスクを用心のためにつけて、家へ向かった。

 

 

 

鐘が鳴った。

 

何時になるのか知らないけれど、パラディソから流れるチャイム。

黒い鳥はそれを合図に、東の空に飛び立った。

 

 

 

ほとんどが滅びたままの世界に、新しく生まれた町がある。

 

文明を後世に残すため、新たに作られた町「パラディソ」。

セレクシオだけが暮らすことを許された町。

 

 

 

まき散らされた放射能や毒に、耐性を失った人類。

自らの首を絞めたかのように、生き抜くこともままならぬ世界を作り上げた。

 

そんな世界でも生き残れる耐性を持った人間「セレクシオ」。

遺伝子なのか?

その仕組みも解明されないまま、選ばれた者だけが重宝されている。

 

 

当然、その城下は悲惨なもので、誰もが生きる望みを失った者ばかり。

日々の食糧も薬も手に入らない貧しい暮らし。

 

 

教育も衛生も労働も、かつては誰もが平等だったと聞く。

 

 

そんな不公平を然れども、愛し合うことだけは人は已めない。

しかし当然医者すらいない世界、自らの命を犠牲にして子を産もうなんて者はほぼ現れない。

 

 

それでも私もケイトも生まれてきた。

 

当然、母の命を犠牲にして。

 

 

その理由が、私にはまだ理解できない。

 

 

 

 

 

 

並列するマンション、右から二棟目のせまい階段を上る。

わずかに水を張ったバケツをこぼさないよう、両手で抱えて。

 

あちこちひび割れたコンクリートの壁。

赤く塗ったペンキが錆びて剥げた3Fのドアを開けた。

 

 

 

「ただいま、スージー。」

 

「おかえり、コルパタ。」

 

 

叔母のスージーは、キッチンでスープを作っていた。

 

 

もう水など出ない蛇口がぶら下がった、くすんだタイルの古いキッチン。

汲み置きした水を大事に分けて、不安定に送られる電気を使い、コンロでcanolaの葉を茹でていた。

 

 

最近は腰が痛いとしきりに言うスージー。

50を過ぎたその背中は曲がり、手は荒れて血の気のない爪を生やしている。

 

 

「どうだった?海は。」

 

「うん、変わりなくだね。そうだ、スージー!いいもの拾ったんだ!」

 

 

私は右と左が破れて繋がったパーカーのポケットから、拾った携帯機器を取り出した。

 

 

「おや、携帯電話だね。しかもこんなにきれいで珍しい。」

 

「ねぇこれ、町に売りに行けばどうかしら?少しはお金になるかも?」

 

「コルパタ、それはダメ。危ないから。」

 

 

いつもは優しいスージーのきっぱりとした口調がちょっと怖かった。

 

 

私たちの大きな収入は、汚染されていない食物や戦前に残った物品を集め、セクレシオの町へ売りに行くこと。

簡単に町に入ることは許されず、町の手前「ゲート」と呼ばれる地区で物資は売買される。

 

ゲートは公認された正規なものではない。

当然のように治安は悪く、私たちのような貧民は見下され、時に略奪され、命あって帰って来られる保証などないと聞く。

 

 

黙った私をなだめるかのように、スージーが陽気な鼻歌を口ずさんだ。

 

 

「昔はね、その機械の中でいろんな情報や音楽も楽しんでたらしいわね。「友達を作るツール」と言われてたらしいよ。」

 

「うん、知ってる。「スマホ」って言うんでしょ?」

 

 

ただの通信機器じゃなく「友達を作るツール」。

まだ誰もが平等だった時代ってどうだったんだろう?と想像してみる。

 

私ぐらいの年齢なら当たり前のように「学校」というところに通って「教育」を受けて。

みんなでご飯食べて、今日あったことを笑って話して。

スポーツや絵画や音楽、いろんな「たのしいこと」が溢れていたに違いない。

 

 

「あっ、そうだスージー。スマホもそうだけど、これ今日の収穫。」

 

 

私は手にしてたバケツを渡す。

 

 

「あら?なんて美味しそうなウシエビとムール貝。ありがとうコルパタ。」

 

「いつもの場所で採ってきたからセシウムとか毒はないはずよ。」

 

 

スージーはバケツから顔を上げると、心配そうな眼差しで私を見つめた。

その目は私を大切に思う標。

 

嘘をついた私はドキッとした。

 

 

「コルパタ、本当に大丈夫なの?もし、あなたに何かあったら・・」

 

「ホント大丈夫な秘密の場所なの!もちろんマスクもしてたし、海になんて触れたりしてないわ。」

 

「・・。そう。。。そうならいいけど。。。」

 

 

 

スージーにはもちろん言えない。

 

汚染されていない場所まで裸で潜って、エビや貝を採ってきたなんて。

 

 

 

 

 

私には母も父もいない。

 

 

もしも、私が自らセレクシオだと宣言したら、今の暮らしは終わるだろう。

私は何不自由ないパラディソの住人となり、何不自由ない暮らしが保証されるだろう。

 

 

でも。

 

 

身寄りのない私をずっと守ってくれたスージーが大好き。

どんなに貧しくても、スージーと暮らす一日一日は、決して無くしたくないかけがえのない日。

 

 

 

「私がもし居なくなったらスージーは?」

 

 

それを考えるだけで胸が痛みいたたまれなくなる。

 

 

 

「早速スープに入れるわね。疲れたでしょ?コルパタは部屋で待ってなさい。」

 

 

今日の朝ご飯に、スージーはバケツの中の貝を拾って調理する。

私は怪しまれないように部屋に戻った。

 

 

100年前の焦げ臭さが今も残る部屋。

かつて誰かが幸せに暮らしてたであろう過去をそっと黙した部屋。

 

 

壁に掛けた絵は、かつての「学校」から持ってきたもの。

窓から海を眺める女性の後ろ姿。

 

その絵のかかる壁に背中をあずけ、ポケットからスマホを取り出した。

 

 

「。。これ、電気入れば動くのかしら?」

 

私は足を投げ出して、スマホの画面に触れた。

 

 

 

黒い画面がぼんやりと色を変える。

スマホの上部の小さな赤いランプが点滅した。

 

色を放った黒の画面の中には私の顔が。

 

 

 

 

 

違う。

 

 

 

 

似てるけど・・私じゃない!

 

 

 

 

 

画面の中の女の子が横を向いた。

 

 

帽子だ。

花の模様をつけた水色の帽子をかぶってる。

 

 

目が合った。

 

 

私の驚いた顔を見て、画面の中の女の子も驚いていた。

 

 

「。。。ど・・どういうこと?」

 

私は固唾を飲むと、恐る恐る画面に話しかけた。

 

 

「ねぇ、・・あなたはだぁれ?」

 

 

声が届いたのか、女の子は辺りをきょろきょろと見回す。

声の元がこの画面と気づくと、更に驚いて慌てて後ずさる。

 

 

全身が見える。

 

 

帽子と同じような模様の服を着てる。

見たことない透き通ったような青い服だ。

 

 

「サクラ!」

 

「えっ?」

 

「わたし・・・サクラ!!・・。。あ、あなたこそ誰!?」

 

 

怒った顔してる。

画面に背景はなく深い紫が闇のようだ。

 

 

「わ、わたし?。。私はコ・・」

 

 

言いかけた時、女の子は画面の奥へ小さくなった。

まるで空でも飛んでいるように。

 

 

「パプアーン、サオラー、たいへん!!」

 

遠ざかる声が聞こえると、画面の上で点滅してたランプが消える。

 

 

「えっ?・・ねぇ、ねぇ、聞こえてる?」

 

 

応答しない画面は、私の呆然とした顔を映していた。

 

 

 

 

最後にあの子が呼んだ名前。

 

 

           パプアン     

 

                      サオラ

 

 

                   あなたは    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                              だれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その場所は 太陽の光も届かない 深い深い海の底

 

 

そもそも「太陽」という存在も知らず 生きている命がある

 

 

朧な碧を放ち発光する石

 

その暉(ひかり)に寄り添いながら

 

永久に仲良く そこに疑いもない

 

3人の少女が 生きている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントだもん!みたんだもん!!」

 

 

泣きそうに下唇をギュッと噛んだ白い髪の少女。

嘘つき呼ばわりされまいと必死で言い張っていた。

 

まるで妹の空想をあしらうように、もう一人の少女がなだめている。

 

 

「うそだなんて言ってないよぉ!。。ただね・・。まぁ、あのさ、、そういうこともあるのかもしれないね。。ってね。」

 

「もーーー、ほんとだって!どうせパプアン信じてないんでしょ?」

 

 

水玉模様の帽子をやれやれとばかりに振って、不貞腐れたその顔の前に手を伸ばす。

 

 

「さぁサクラ、もうわかったから行こっ!今ならアルテミアいっぱい集められるよ!」

 

 

「仕方ないなぁ」とばかりにあきらめた顔をして、サクラは差し出された手を握る。

 

 

 

地鳴りが水を揺らしている。

その振動が風となって、サクラの白い髪がなびく。

 

活発になる海底火山から漏れるように沸き立つ泡の玉。

その噴き出す深い場所へ、パプアンはサクラの手を引いて泳いだ。

 

 

アルテミアはそこに集まる習性を持った小エビ。

一段深い岩の窪みで、小瓶を抱えた長い赤い髪の少女が待っていた。

 

 

「ごめんサオラ、間に合ったよね?」

 

「うん、もうじきだと思うわ。」

 

「良かった!さてと。サクラ、あなたはここで待ってるんだよ。」

 

 

パプアンはそう言うと、持っていたサンゴの枝をサクラに渡した。

 

 

「え~~~、私も採りに行くぅ!いいでしょ?サオラ姉さん。」

 

「ダメよ。」

 

 

きっぱりとしたその言葉に、サクラは逆らうこともこともできず「なにさ!」と小さく呟くと渋々と岩陰に潜り込む。

 

 

 

 

深いクレパスからの細かい泡が止まる。

地鳴りが止んで静かな時間が数秒。

合図のように、体を包むほどの大きな泡が一つ浮かび上がった。

 

 

真下に見えるクレパスが、赤い稲妻となって地を走りだした。

 

 

「いい?パプアン?」

 

「まかせとき!サオラ!」

 

 

緊張の面持ちで、二人は両手に持った瓶を強く握りなおした。

 

 

 

深いクレパスから逃げるように、浮かび上がるアルテミアの銀色の群れ。

真っ先にその大群を迎えに沈んだのはパプアンだった。

 

 

「今よ、サオラ!!」

 

 

遅れまいとその後をサオラも追う。

長い赤い髪が闇に広がり、網のように群れを待ち構える。

 

 

目の前も見えないアルテミアの群れの中に飛び込むと、その大群を切り取るように瓶に詰め込んだ。

時間はほんの僅か。

眼下の赤い稲妻が臨界を迎え、その炎を噴き出すまでの時間。

 

 

煮沸された巨大な泡が次々に浮かび上がる。

水温が上がり逆流する滝、眼下の稲妻がその口を開けた。

 

 

「行こうサオラ!!」

 

 

吹きあがる炎が海を割る。

二人は寸前でそれをかわすと、サクラの待つ岩陰に逃げ込んだ。

 

 

「ふぅ~~、毎度毎度命がけだぁ。」

 

 

パプアンは収穫したアルテミアを詰め込んだ瓶をサクラに渡す。

サクラはアルテミアがに逃げ出さないように、その瓶に蓋をする。

 

 

自分のそんな単純な仕事にうんざりしたのか、「私だってあんくらいできるのに。。」と呟いてみる。

その声にサオラがその頭を撫でる。

 

 

「そうね、そろそろサクラにもお願いしようかな?」

 

「ホント!!」

 

「やめときなよサオラ。サクラじゃまだ・・。」

 

「私だってできるもん!」

 

「あのねサクラ、あの炎見たでしょ?一歩間違えれば一巻の終わりよ。それにあんたに何かあったらコルパタに・・」

 

 

「もういい!」

 

 

パプアンが言い終えるのも待たず、怒ったサクラは岩場を抜けて空へ浮かび上がっていった。

 

 

「あ~、また怒っちゃったよ。。」

 

「。。そういえば、昔あったよね?」

 

「ん?コルパタの事?」

 

「アルテミア採りに行って、あの子、炎に巻き込まれそうになって。。」

 

「サオラが助けて。。でも、サオラの毒で傷だらけになったんだよね?」

 

 

 

サオラは不貞腐れ浮かび上がるサクラを見つめていた。

 

コルパタにそっくりなサクラを、愛おしい眼差しで。

太陽の昇る事のない、この世界を。

 

 

「そういえばサクラ、変な事言ってたっけ。ヴィーダの中に白い髪の女の子がいたんだって。」

 

「女の子?」

 

「どうやら「人間」の女の子らしいんだ。乾いた岩場に女の子が立ってて、海に飛び込んだって。」

 

 

 

 

「人間。。。」

 

 

 

そうこぼすと、サオラは黙った。

 

 

あらかたの熱を吐き出した火山が再び眠る。

嵐のような波が、騒がしい風が止んだ。

 

 

「・・・サオラも覚えてるんだ。。自分が人間だったってことを。」

 

 

深刻にならないよう、パプアンは他愛ないついでの話のように、サンゴの枝を振り回しつつ笑った。

パプアンのその顔にサオラもつられて笑うと、白く綻んだ岩にそっと腰かけた。

 

 

「ええ、覚えている。。というより、思い出したってのが正解かしら?」

 

「ヴィーダの中で・・見たのね?」

 

 

サオラはコクリと頷いた。

 

 

「私もだよ。」

 

 

 

 

私たちはかつて地上で生きていた。

というより、生かされていた。

 

 

我先にと奪い合い、罵りあう争いの絶えない世界。

私たちは自分の居場所を無くして、自ら絶った命の欠片。

 

これが罪なのか?

それともご褒美なのか?

 

 

地獄を彷彿させるこの光の当たらない世界。

それとも悠久な天国なのか、知るすべもない。

 

 

でも私たちはここに生きる。

静かに生きている。

 

 

 

「練習が終わった後、手洗い場の蛇口からガブガブ水を飲んでたパプアンのことも覚えているわよ。」

 

「!?・・そういう私も、音楽室からお葬式みたいな暗~いピアノ聞こえてたのも覚えてるよ!」

 

「ひどい言い方!・・そうね、私たちは高校生で、パプアンは野球部で私は毎日ピアノ弾いてて。」

 

「大会もコンクールもなくなったっていうのにね。バカみたいに。」

 

「思い出したくない事もいっぱいあるのにね。」

 

 

 

空を漂っていたサクラの姿が見えなくなった。

おそらく先に家に帰ったに違いない。

 

見上げた空に朧に光るのは夜光虫の群れ。

「星空に似ている」と二人は思っていた。

 

 

「ところでさ、・・どうしてサクラが人間を知ってるの?だってあの子は私たちと違ってここで生まれた子なのに。」

 

 

サクラが見た女の子が誰なのか、この時は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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