2020年11月は激動の月になりました。
次々に起こった色々な事態に心が潰されそうになりながら、とてもブログを書ける状態ではありませんでした。
でもこのブログは経過として残していきたいので、少しずつ思い出しながら記して行こうと思っています。
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2020年10月28日~31日
父は毎日デイサービスに行っていました。
母が送って行ったり、迎えの車に乗って行ったり。
私を拒否するようになったので、私は一気に手が空いてしまいました。
少し前までは7時前から
母 「お父さんが出かけるって言ってる」
って呼び出されて、ゴミ出しも忘れて家を飛び出して実家に行って父の迷走や散歩に付き合っていたのに。
私の言う事は聞いていたのに、一緒に散歩に行っていたのに
今では険しい顔をして私を見ています。
母の血痰が止まらず、夜中に血が多く出るというので、
父がデイサービスに行ってから、また耳鼻科のある市民病院に行きました。
もう耳鼻科では止血剤を出すしか出来ないと言われていたので、内科の副院長に診てもらいました。
以前から内科は副院長に診てもらっていたのですが、予約外だったので9時半に着いたのに、診察してもらえたのは12時過ぎでした。
今までの経緯を説明して、大学病院ではレントゲンのみだったという事で、CTを撮って癌等の病変がないかどうか確認しましょう。と、言われました。
副院長は丁寧に診察してくれて、癌などの病変ではないと言われました。
癌で無い、と言われただけで本当にホッとしました。
待っている時間はドキドキ
していました。
母には悟られないように
「万が一、癌だったら早期発見出来て良かった、だよね」
なんて、話たりしていました。
今、こんな状態の父を残したまま母に何かあったら、もうどうしたらいいのか
という不安しかなかったです。
副院長は母の難病指定の血管炎からの出血だろうから大学病院でよく検査してもらって。と、紹介状を書いてくださいました。
11月2日が大学病院の予約日だったので、その日に紹介状とCT画像のDVDを持って行く事にしました。
副院長は以前は母の通う大学病院勤務だったので、内情に詳しく、もし何かあって救急車呼んで大学病院への搬送を断れらた場合は、車で救急に行ってくださいって教えてくれました。
救急車が断られても、直接来てしまった人を断る事は出来ないからって理由でした。
このコロナ禍で、そういう個人の身勝手な対応って医療従事者の方を追い詰めるのかもしれませんね。
ごめんなさい。
でも、本当に不安な中にいたので、行けば診てもらえるって安心させてもらえるお言葉でした。