日本経済新聞2006年5月31日

日本を磨く もっと強く③:1ページ  ソフトバンク社長 孫正義氏


―かつての日本には起業家精神があふれていたとみているとか。

「戦場で敵陣に向かって最初にやりを突き入れる『一番やり』はサムライ精神の象徴だが、現代風に言えば『リスクを取る』ことだ。真っ先に敵陣に突入すると死ぬ確立は高いが、対価は当時の最高の褒章ともいえる城や土地だった。リスクに対して大きな報酬(リターン)を与えるのがサムライ精神の神髄で、起業家精神に通じる」

「そんな時代がかつて日本でも千年以上も続いたのに、戦時中の国家総動員体制のころから変わってしまった。初任給は横並び、賃上げはベースアップ。『勝っても負けてもリターンは同じ』仕組みで、サムライ精神にあったリスクを取る姿勢がなくなってしまった」


ねたみはね返せ


―日本では有力ベンチャーがなかなか育ちません。

「以前は若い起業家が上場を目指しても、上場までに平均で二十三年もかかった。米シリコンバレーは違う。企業に資本を投じるベンチャーキャピタルは一般に七年で投資資金を回収し、出資者へ返さなければならない。日本では上場まで長くかかるから、ベンチャーキャピタルが成り立たず、結果として企業が育たなかった」

「日本でもベンチャー市場が定着し、上場までの時間が短くなった。これならベンチャーキャピタルが機能し、リスクマネーが流れる。最低限の仕組みはすでに整っている。あと必要なのは、ねたみをはね返すぐらいの成功物語だけだ」


―ライブドア事件は起業家には逆風では。

「報道されていることが事実だとすれば、ライブドアには行き過ぎがあった。でも、あつものに懲りてなますを吹いたら、挑戦者が減って元も子もなくなる」

「市場が便利になったら新しいルールも要る。自動車が誕生すればあちこちで事故が起きる。事故を防ぐには交差点に信号を設置し、酔っ払い運転者から免許を剥奪することなどが必要になる。しかし、自動車そのものを悪としてはいけない。ルール違反が多いのは社会が未熟な証ではないか:


―時価総額で一時トヨタ自動車を追い抜いたソフトバンク株はその後、急落しました。

「時価総額は二十兆円から二千億円まで百分の一に下がった。今はどん底の十五倍のところまではい上がった。世の中の毀誉褒貶(きよほうへん)は激しい。時価総額が最低のときにはペテン師呼ばわりもされた」

「だが、私の事業欲は変わらなかった。米国で大成功したアップルコンピューター創始者のスティーブ・ジョブズらは、(株価ではなく)私の事業の中身を見ていた。彼らは私がどん底にあっても、同じようにつきあってくれた」


逆境下こそ挑戦


―国内ではずいぶんとたたかれましたね。

「でも、挑戦しがいがあった。時価総額が最低のときにブロードバンド事業の『ヤフーBB』を始めた。どん底の状態にあったのにそこからさらに年間一千億円もの赤字を出しながら、逆風の中でも挑戦し続けることの大事さを学んだ」


―英国ボーダフォン日本法人の買収には高値買いとの声もあります。

「そういう批判はボーダフォンをどのように活用したらいいのか、想像できない人から出てくる。楽観主義と言われるかもしれないが、我々には買った事業を何倍にも拡大しようという意志と夢がある。僕もリングに上がるファイターだからやる以上は勝ちたい」

「拝金主義への批判はあるだろうが、若者が一獲千金を夢見て挑戦するのは悪いことではない。挑戦を許容してこそ国の活力が生まれる」

(聞き手は編集委員 牧野洋)