頂きモノの「8味唐辛子」です。
作っておられたのは、ご存知「菅原文太」さん。
モデルから、ヤクザ映画の大スターをへて、晩年は自然農法を実践され、これはその一端の作品です。
直接、存じ上げないので真意がどこにあったのかは分かりませんが、政治的な発言もかなりされていたと記憶しています。

色んなコトを経験し、人はいつか死んでいきます。

菅原さんのような多様な経験をするかどうかは別にして、誰にでも平等に「死」はやって来ます。
大概の場合、その瞬間を予測するのは困難です。

こんなことを書いておきたくなったのも、一昨日、年内最後の、通称「どさ回り」を終え、ホッと一息つけたからかも知れません…。

だいぶ以前に、母を見送りました。
父は、私がまだまだ若造のころに他界しています。
兄達も、鬼籍に入りました。
デキの悪かった末弟だけが、残されました。
色んな事情があり、母のお骨は私が保管しています。
両親は、早くから何かを感じていたらしく、お墓を永代供養していただく手続きを、墓地霊園の管理会社さんに依頼し、必要な費用も払ってくれていました。

私自身、身から出た錆びの最悪の経験をし、人生と向き会わざるを得なくなり、お墓に対する考え方にも、その影を写しています。

お墓は、勿論、今もあるのですが、父は、大阪の一心寺という、合同供養仏にそのお骨の一部を納めさせて頂いています。
これは、父の意志です。

母は、お骨の全てを一心寺さんに納骨するようにきつく私に言い残していたのですが、私がいまだに手元におき、ぐずぐずしているだけなのです…。

いろんな方とのわかれを体験し、その人を思う、偲ぶとはどういうことなのか、何度も考えさせられて来ました。

母のお骨は、今暫く、我が机の片隅に祀らせて頂きましょう。
でも、この年になると、私が先に行きかねないので、近々、一心寺さんに伺う時期がきたのかなとも思います。

でも、どうして、母のお骨を手元に置いたままかって、疑問に思われたでしょう?
答えは、簡単、不細工な話しですが、私が、生来の「甘えん坊」だったからに過ぎんとデスよ⁉合掌