2ヶ月に一度、
世界的に有名な先生にレッスンして頂く機会があります。
日本はもとより世界各国でコンクールの審査員や指導をしていらっしゃる多忙でかつ、世界に認められている先生なのですが、
その先生のレッスンはいつも音色に関するものがメインです。
そしてその音色の為の、指先や腕はもちろんのこと全身の使い方、椅子の座りかた足の向き、あらゆる事のご指導を受けます。
先生が弾かれる音色は素晴らしく、
この世のものとは思えない色彩感があります✨
先生のような音が出せたら良いな~と
いつも思います。
レッスンして頂くと確かに、
瞬く間に自分の出す音色が生命を吹き込まれたようにきらきら輝くのがわかり、いつも感動するのですが(残念なことにそれがなかなか家に帰っても出来るようにならない、自分の中に定着しないのですが
)
いつもその感動のレッスンの後、もちろん自分の出来なさ加減に落ち込みながら帰るのですが、
いつもひとつ気づく事があって…
それはその先生のレッスンでは、
音色は全て指や身体やその他のコントロール、
いわゆるテクニックで作り上げるものなのだ、と言うことです。
(レッスンの中で、その表現は良い、とか、
そこはどんな情景や感情で弾いていますか?
などの内面的な指摘や指導はありません(^^;)
私が自分が小さい頃のレッスンでも教わり、今、生徒さんにレッスンの中で大切にしていることは、
どんな気持ちで弾くのか、どんな情景や物語を想像して弾くのか、
それによってどんな音を出したいのか、
どんな表現をしたいのか、
です。
でもその先生のレッスンでは、
個人の音楽性や想像力、イメージではなく、
まずは色々な音を出す事をテクニックとして教え込む。
わかりやすく言えば、
心の底とか身体の内側からイメージした音を出すのではなく、
身体の表面の機能を使って様々な音色を出す、
というところでしょうか…
ロシアのピアノ教育はまずそこから入ると聞いたことがありますが、
指先で色々な音色を出すことから入って、
後から音楽性や自身の内からの表現を結びつけていくのでしょうか?
それとも、
指先での多彩な表現が出来るようになることが良い演奏家につながるのでしょうか?
極端な事を言えば、
音楽性や情緒面が乏しい人でも、
指先による音色の表現をするテクニックで、それらしくは聞こえる演奏になる、
ということでしょうか?
いつも帰りの道中で疑問を感じながらもやもやすることです
もっともっと勉強しなければ❗と言うことであることは間違いないのですけどねf(^_^;)
お庭のバラをお玄関に
