サッカーJ3のブラウブリッツ秋田 はTDK秋田が前身のチームです。


TDKは、2009年に社会人チームTDK秋田の運営を止めることを発表しました。

チームは2010年にクラブ化しブラウブリッツ秋田となりました。


私は不勉強でしたので、TDKが秋田、それも日本海に面した仁賀保町に工場がある理由を知りませんでした。


TDKは1930年に東京工業大学の研究者によって発明されたフェライトの工業化を目的に、仁賀保町出身の斎藤憲三氏が創業した企業でした。(A地点が出身地で工場を立ち上げた場所)



TDKは2011年からグローバル化に勝ち残るために構造改革を始めました。


ここからブラウブリッツ秋田の話から企業城下町「にかほ市」の話になります。

独立行政法人労働政策・研究機構の月刊誌や、他のいろいろな冊子に書いてあったことを紹介します。


にかほ市は典型的な企業城下町でした。

2011年から始まった企業改革でTDK本体の従業員は他の拠点に配置転換され離職者はいないと発表されたそうです。

でも、大企業には協力・関係会社多数存在します。

県内にある4つの工場の閉鎖は深刻な影響をうけます。


そこで県とにかほ市はコールセンターの誘致に乗り出します。

それがDIOジャパンという会社です。

製造業従事者が多かった土地柄24時間操業の3交代勤務に慣れているせいか、コールセンターの深夜勤務に抵抗感が少ない人も多いそうです。


宮城県もこの会社を誘致して美里町にコールセンターを作りました。


この会社がどうのという話ではありません。

社長が本門のり子さんという方で、鹿児島生まれの方で、実業団で卓球をやってらしたそうです。

実業団初の女性監督になって、その後会社を立ち上げ、2つ目に立ち上げた会社がDIOジャパンという会社だそうです。


すごい人ですね。


スポーツをやっていた人には何か秘めたる力があるのかしら?


ブラウブリッツ秋田に話は戻しますが、今年の主将は熊林選手だそうです。

秋田出身で最初にJ1ジュビロに入りました。

その後、ベルマーレ、マリノスを経てベガルタ仙台に来ました。

その後は徳島・草津に行って、秋田の選手になりました。


東北人魂を持つJ選手の会の発起人の一人です。

去年から秋田の選手となりましたが、去年はJFL、今年はJ3とJ選手に戻りました。

地元で頑張って欲しいですね。