スポナビブログの大分関係の人のブログです。



私がここ2~3年、読んでいて信頼できる人のブログです。

http://www.plus-blog.sportsnavi.com/kabosu/article/998

この方は2003年当時はどう考えていたのでしょうか?


我らがベガルタは成り立ちは、Jリーグが華やかに始まってオラホにもJチームが欲しいと30万人署名を集めて、嫌がる電力チームを説き伏せ、さも独自でJを目指したように地域リーグからJFLに昇格(選手を補強しました)。

ブランメルという名前は公募で決定。(某女子高生の命名)

しかし、一部の人ははその名前が某商社が商標登録していることを知っていました。

Jに昇格したら使えないことを・・・


大分は、ブランメルが立ち上がった頃に大分県知事の肝いりで大分トリニテルという名前でチームが立ちあがりました。

その手法に懐疑的な女性サポの記事を読んだことがあります。

(1996年前後、記憶違いならすみません。)

その方は大分とサッカーを愛していたから、JFLの大分の試合の観客数発表について苦言を呈していました。


うちだって数の水増しはしなくても、招待券入場者と有料入場者は一緒にカウントされていました。



2003年、うちがJ1から降格して大分は残りました。

リーグが違うけれど、もと官僚の方が社長になっていろいろ方策を講じたことはサッカー雑誌で見たりしていました。



うちはJ2でもがきつつもまっとうな道を模索してきたような気がします。

1997年に債務超過でつぶれるところでしたが、浅野県知事と藤井市長が議会に頭を下げて債務超過を免れました。

実質単年度黒字になったのは清水監督が来てくれてからです。


皆、チームを愛していることは違いないですがその方法の違いによって結果が違っています。


J2初年度最下位争いをした甲府も消滅の危機がありました。(全部探せないのでスポナビコラム第4回↓)

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/jleague/2013/columndtl/201309120002-spnavi


また別の大分の人のブログです。来季の大分に悲観的です。

http://www.plus-blog.sportsnavi.com/mostovoi2/article/110



みんなチーム愛しています。

方法を間違えるとたいへんなことになります。


力がある人が愛し方を間違えないように

みんなで頑張ろう。



追伸

大分はうちと違って下部組織出身者が素晴らしかったのに・・

最初のJ2降格のときに西川や清武を放出しました。


やっぱりサッカーは一歩間違えるとどうなるかわからない・・・

こわい・・・





今日も元気で
2003年あの日、雨が降ってきてだんだん閉じていく大分ドームの屋根