世の中には許せない事件が多く

自分も被害を被ることや、中傷誹謗を受けることもあります。

 

加害者に悪い想念を持つことは良くないというのは解りますが

天罰を祈ることはどうなのか

AIに聞いてみました

 

AIによると
仏教的には
事件の加害者に天罰を祈ることはよくないそうで
「いずれ恐ろしい悪業の報いを受けて苦しむことになる
哀れで無知な存在」と捉えるべき
とのこと。

神道的にも
呪詛の怨念を飛ばすのは
最終的に自分自身がその報い(穢れや災い)を強く受ける行為
とのことです

加害者を恨み天罰を望むのでなく

同じ土俵に立たない、人としてのレベルを下げないことが重要のようです。

 

怒らない、怒らない

不瞋恚 不瞋恚です。