時間とは時に残酷なもの
早いもので先月4月で54歳になりました。サラリーマンを辞めてから13年以上経ちます。想像もしてなかったのですが自分がこの年齢になって分かることがいくつかあります。
まず身体の衰えはもうがっかりするくらいです。急に動かなければならない時なんかはもうおじいちゃんのようにヨロヨロする時があります。
そして老眼鏡を掛けないと契約書の字が見えないので仕事にならないし記憶力も学生時代はメモすら取らないので怒られていたのが嘘のようにiPhoneに頼りきりです。
でもこうして文明の力を使うことで乗り切れるのですからまだ54歳も捨てたものではない。今月はオフィスを効率のいい仕事ができるようにもマイナーチェンジをしていました。
そして自分のデスク周りもスッキリさせたりルーターを変え、モニターやモニターアームを新調しネット環境を整えました。
本題に戻りまして54年も生きているといろんなことがあったのを思い出すわけです。特にピンチだった時のことをです。ピンチの時に何が1番必要だったか?
それは『お金』と『プロ』です。そうお金なんだよね。にもかかわらず最近保険は不要とかいう人がいる。人生経験が足りないのは仕方がないとして想像力が欠けているのは救いようがない。
そもそもどこの馬の骨ともわからないインフルエンサーか何か知らないがそんな人の意見に賛同して同行行っている事態で救われない。
『自分で考えろ』
さて今回はピンチと言っても病気、がんでピンチだった経験を踏まえてブログにします。がんになった時にお金に困らないようにするためには、です。
人生お金がなくなればゲームセット
父親が白血病でこの世を去る時につくづく思いました。お金がないって命を諦めることにもつながるんだということです。まあ、うちの場合はお金があったところで長いか、短いかでした。
白血病であと数ヶ月どころか今月どうかという時に医師から告げられた言葉が今でも耳に残っています。
『まだ生かしておくだけならできます。どうしますか?』
つまりこのまま昏睡状態?でもいいならまだ命はあるけど結果は同じです。どうしますか?ということです。
大学病院の個室で4ヶ月半の入院で我が家のお金はすっからかんです。かろうじて高額療養費と1日3000円の医療保険で耐えていました。
そう、もうギブアップでした。もう返事は1つしかありません。
『もう結構です。ありがとうございました』
自分の時はこんな思いを家族にもお客様にもさせたくないのです。お金がないことがどんなに惨めなことかを思い知ったからです。
貯蓄第一主義だがピンチは保険
人生どんなピンチが来るかわかりませんが間違いなく必要なのはお金と知識を持ったプロです。もしピンチをがんになった時とします。
がんで保険と言えばがん保険を考えることでしょう。それもピンチをしのぐには必要です。現金でしのぐと再発した時に現金が尽きる可能性が出てします。
そればかりではありません。基本的にツイテない時にはとことんついてないことが起こるものです。仕事ができなくなって収入が途絶える可能性だってあります。
もしそうなったら子どもの進学費用はどうなるのか。特に大学はお金がかかります。もし貯蓄に利用できる保険に入っていて3大疾病になったら保険料を支払う必要がなくなったらどうか
つまり保険料を支払うことなしに進学費用が貯まるようにしておけばいいのですよね。P免と言われるものです。
保険料の支払い自体が苦しい時だって出てきます。我が家は60歳以降の保険料の支払いができなくて都民共済の医療だけでしたからね。
がんになって仕事ができなければ特にそんなことだって起こりかねません。がんになってから保険料が払えないからって保険の解約なんてできますか?
『できるわけないだろ』
ですよね。そうなった時もこの3大疾病になった時に保険料の支払いが免除になればお金的に息をつけるというものです。
我が家は保険料が払えなくて大変だったのに余計にこう思うわけです。ですがピンチは癌とは限りません。人によっていろいろな見解があります。
でもお金とプロは共通です。保険も人も蔑ろにしてるって何を自分がしてるのかわかっているのだろうか。そんなことすら分からなくなってしまったようだ。
でもそえもまた人生ですし自分の人生に於いての責任は自分で凸もの。でも後で後悔しないでね。どこの馬の骨とも分からない人を信用したってことをね。
永野FPオフィス