こんにちは、赤い鯉人です。
暖かい日があったり、寒くなったり、行きつ戻りつですが、
春は確実に近づいているような感じがしますね。
以前、帰省の日記で西大寺を取り上げた際に、
叡尊・忍性という、鎌倉時代に、廃れた戒律を復興させ、
社会的弱者の救済や、公共施設の整備にも活躍した
高僧について書いたのですが(令和5年2月4日の日記)、
その際に参考にした、松尾剛次氏編『叡尊・忍性』の中で
紹介されていた『中世のかたち』(石井進著)という本が
面白かったので紹介させていただきます。
本書は、学校の日本史の教科書のように
歴史を概説するのではなく、「●●年○○の乱」といった、
歴史の概説が「骨組み」だとしたら、
「ではその当時は一体どのような状況だったのか」という
当時の社会や暮らしぶりを覗くような、いわば「肉付け」
というような内容になっており、そのため、ある程度、
歴史の知識を持っている人向けと言えると思います。
本書は第1章から第9章からなり、それぞれが独立した
論考のような構成になっています。
まず、第1章では、本シリーズで扱う「中世」を
11世紀半ば過ぎの院政期から戦国時代までと画定するとともに
中世が気候の長期変動で厳しい自然状況であったことを示します。
第2章から第4章では、中世の人々の意識における
「日本国」の境界を検討した上で、東の境界の蝦夷地について、
当地と関係の深い謎の一族安藤氏(後の安東氏)を取り上げる
とともに、同氏の拠点であり、中世の大港湾として『廻船式目』に
「三津七湊」の1つに数えられながら(※)、現代には残らなかった
「十三湊(とさみなと・青森県)」について、考古学的成果を紹介し、
また、津軽海峡を渡って蝦夷地にも進出していた安藤氏から、
後の江戸時代の松前氏の祖・蠣崎氏、武田氏が主導権を奪っていく
過程と、アイヌとの関わりを描き出します。
※『廻船式目』は海運業に関わる慣習法を成文法として集成した
もので、室町時代半ば頃の成立とみられ、その中では以下の10港
が大きな港湾として挙げられているとのこと。
三津:安濃津(三重県津市)、博多、堺
七湊:三国(福井県)、本吉(石川県白山市)、輪島、岩瀬(富山市)、
今町(直江津・現在の新潟県上越市)、秋田、十三湊(青森県)
第5章と第6章では、都市鎌倉について、
山と谷と海に囲まれ、鎌倉と外部は「切り通し」と呼ばれる細い道
でのみ通じる(「七切り通し」、鎌倉七口※)堅固な地勢であることを
示した上で、鎌倉七口が都市鎌倉と周辺の「境界」になっており、
境界は、商業が行われた場所である一方、斬首や梟首が行われた
刑場でもあったこと、このような境界の地では、様々な卑賤視された
人々が活動しており、鎌倉仏教の中でも例えば、日蓮は、そのような
人々の間に入って布教し、また、極楽寺を拠点に活動した忍性は
そのような人々を組織化して様々な活動をしていたことを
紹介しています。
※「七切り通し」とは、名越、朝比奈、巨福呂坂、亀谷坂、
化粧坂、大仏坂、極楽寺坂の七つの切り通しを指します。
現在も往時の姿をとどめるものもあれば、巨福呂坂などは、
鎌倉駅・鶴岡八幡宮から建長寺や北鎌倉を結ぶ観光ルートであり、
トンネルになっています。
《第5章・第6章は非常に興味深いので「後編」に続きます。
書評なのに後編・・・(笑)》
第7章では、中世における主従関係とはどのような関係で
あったのかということを、紙背文書(しはいもんじょ)※を使って
その一端を覗きます。
※紙背文書とは、当時は和紙が高価であったため、一度使用された
ものでも保存を要しない文書は、裏側の白い部分を再利用して
袋とじのようにして使っており、その袋とじの内側に書かれた、
言わば、一度、廃棄された文書のことを言います。
第8章と第9章では、商人の原型である「連雀商人」(れんじゃく
しょうにん・千駄櫃を背負った行商人)の活動と、連雀商人の
秘伝書である「商人の巻物」を紹介し、同巻物の内容自体は
多くは荒唐無稽でありつつも、中世商人集団の実態や慣習の一端を
明らかにするものであるとしています※。
その上で、連雀商人の中には、多くの卑賤視された人々も
含まれていたこと、しかしながら、豊臣秀吉然り、秀吉の初期の
家来の杉原家次(連雀商人出身。近江坂本・丹波福知山32000石)然り、
それらの階層の人々が天下を動かしていったことを示しています。
※本書の帯に「豊臣秀吉は若いころ、なぜ、"針"を売って
歩いていたのか」とあるのは、市を開く際の商人の慣習として
商品としての"針"が重要な役割を担っていたから、
ということになると思います。
本書は、歴史学、考古学、民俗学を始めとする、様々な研究成果を
用いて中世の実情を覗いてみようとする試みが盛り込まれており、
歴史が生き生きと感じられます。
特に、現代は何でもかんでも「差別」とか「多様性に反する」とかで
様々な事象や言葉をタブー視して葬り去ってしまう世の中に
なってしまっていますが、例えば都市という、人が生きていく場の
裏には、卑賤視された職業や人々の活動が不可欠であり、
都市の裏側(境界の地域)や、そこで活動した人々を取り上げて
中世の社会をダイナミックに描き出しており、非常に興味深く
秀逸な書だと感じました。
