こんばんは!大峠です。

 

先日地元の産直市で新鮮な野菜をたくさん調達できて、自炊をやっていてよかったな、と思っています。

 

↑全部で1,020円でした!

 

私は去年の6月くらいから自炊をするようになったのですが、1年やってみて気が付いたこと、これから自炊を始める人へのメッセージをまとめてみました。

 

 

◎これから自炊を始める人へ

 

1.調理器具、調味料等は必要最低限

  

何を使うかはやってみないと分かりません。

必ず使うもの以外は、必要になる都度買い足すのがいいと思います。

※大峠が“最低限”必要だと思うもの

 調理器具…鍋、フライパン、菜箸、フライ返し、おたま

 消耗品…ラップ、アルミホイル、キッチンペーパー

 調味料…塩、醤油(めんつゆ)、酒、砂糖、油、胡椒、一味

    →大峠は砂糖と味醂は持っておらず、蜂蜜と酒で代用してます。

    →味噌も持っていませんが、一般的には必須かも…。

 

2.レシピ通りにシンプルに作る

  

出来るだけレシピ通りに作りましょう。レシピから離れれば離れるほど、失敗する余地が大きくなります。また、複雑なアレンジで成功しても、再現が難しいです。基本のレシピでそれなりのものが出来ることを確認した上で、自分好みにアレンジしていくのがいいと思います。

 

3.まとめて作る

 

毎日自炊に時間をかけていては挫折しやすいと思います。週末などに数日分作っておいて、平日は冷蔵庫(冷凍庫)から出して温めるだけくらいが理想です。日持ちの問題もあるので、できれば平日も1回は作り置きをしたいところですが、忙しい場合は週末に作ったものが尽きたら次の週末までは(ご飯だけ炊いて)総菜生活でもいいかもしれません。

 

4.難しい食材

 

「丸ごとの魚」はきれいにさばくのが難しいです。また、台所が臭くなりやすいです。色々と上達すればどちらも解消する問題だと思いますが、私は丸魚は煮魚を作りたいなど、明確な目的があるときしか買いません。

 

5.安全に注意

 

ケガやヤケドをしないように気を付けましょう!包丁は慎重に扱いましょう。また、揚げ物は油がはねます。台所がベトベトにもなるので注意です。私は天ぷらや唐揚げが好きなのでそれでも作りますが、多少ヤケドをする覚悟はしています。

火災にも注意です。小さな消火器を置いておくといいかもしれません。

 

6.モチベーションが大事

 

「節約したい」というモチベーションでもいいのですが、自炊自体が生活の質を向上させるというような方向でのモチベーションがあった方が長続きするし、楽しくて上達もすると思います。自炊した方が自分好みの味付けにできるとか、作り立ての料理を家でリラックスして食べられるとか…。私の場合は自炊能力次第で酒の肴の質が上がり、良い飲酒ライフが送れることがモチベーションです。酒飲みは料理上達しやすい説を提唱したいですね。

 

 

自炊は面倒なことも多いですが、食べたいものが食べられる、栄養バランスを整えやすいなど、金銭面以外でもメリットがあります。「忙しすぎてできない!」という人は無理にしなくてもいいと思いますが、やるなら楽しくやってみて下さい。特に家で晩酌をする方はハマると思いますよ!

 

 

 

さて、自炊で生活の質を上げることを試みている私ですが、FPとしてはご相談者様の将来をより幸せにするために活動しています。

 

以下よりライフプラン作成を承っております。初回面談は無料です。

ご自身やご家族の幸せな将来について考えてみませんか?

 

 

 

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ご無沙汰してます。大峠です。

 

自分はどんな人間か、どんな価値観を持ち、何がしたいのか。

きっかけがあって再確認するべきだと思い立ち、自分の育ちを振り返りました。

 

私にとっては子ども時代のつらかったことを色々思い出す必要があり、これまでまとまった文章として言語化したことはありませんでした。書いてみると17,000字の超大作に…。

 

 

主に「分裂した家庭」「宗教」「カインコンプレックス」の3点がテーマです。

↓重い内容ですが、気が向いたら読んでみて下さい。

 

 

今日書きたいのは、タイトルの「つらい過去は全てマイナスか?」ということです。

 

単純に「つらい過去」というのはない方が幸せなことです。

ただ、強い体験だからこそ強い信念やモチベーションに繋がる部分もあると思います。今回自分の過去を振り返ってみて、改めて「なぜ自分はこう考えるのか」「どんなことに価値を感じるか」を再確認することができました。過去というのは変えられないものですが、過去が作り出した自分の個性をうまく扱っていくことで、プラスにしていける部分もあるのではないかと感じました。

 

「つらい過去」はマイナスでもプラスでもなく、今の自分を構成する要素であり、それをどう扱っていくか次第でその後の人生は変わる…と私は考えています。

 

 

 

 

さて、自分の過去と向き合ってあれこれ考えた私ですが、FPとしてはご相談者様の将来をより幸せにするために活動しています。

 

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こんにちは、大峠です。

さて、今日は小学生のときに観て衝撃を受けたアニメ『フランダースの犬』に当時抱いた感想とその裏に伺える私の心の闇(?)について書いていきます。
最近アメブロがFPネタと関係ない話を好きに書く場と化していますが、ご容赦ください。

私が観たのはおそらく、あの有名な世界名作劇場の『フランダースの犬』の総集編的なVHSだと思われます。内容的には同じだと思いますが、TVアニメを全話観たわけではないので認識に多少誤解や抜けがあるかもしれません。

前置きはこのくらいで…

ラストはネロとパトラッシュが教会で力尽きて死亡するという悲しい結末でしたが、当時の私は「良かった…」という感想を抱きました。
※おじいさんが死んだシーンでは号泣しました。
何故「良かった…」なのか、一番大きいのは①「ネロがこれ以上苦しまずに済む」と思ったからです。同じように感じた人は少なくはないと思います。
ただ、よく思い出してみると私の「良かった…」には他に2つの意味があることに気付きました。


「良かった…」の理由②「ネロが死んだことによりコゼツが一生自責の念と後悔に苦しむこと」が確定したから

コゼツはお金持ちで村の権力者で、ネロの友達の女の子アロアの父です。
娘が貧乏人のネロと親しくすることが気に入らず、基本的にネロには冷たく当たります。


風車小屋の火災がネロの放火であるという讒言を真に受けてネロを犯人扱いし、これが原因でネロは牛乳運びの仕事を失います。また、ネロの家はコゼツの物件で、物件を管理する使用人が「クリスマスまでに家賃が払えなければ出ていけ」とネロに告げたことでネロが家を出て行って死亡する原因になっています。


出て行ったネロは雪道でコゼツの落とした大量の金貨が入った巾着を拾い、コゼツ不在のコゼツ家に届けて立ち去ります。帰宅したコゼツはこのことでネロに辛く当たったことが間違いであったと認め、改心して雪の中ネロを探し回りますが、時既に遅し、ネロは教会でパトラッシュと共に息絶えたわけです。

もし、コゼツがネロを生きた状態で発見して救出し、養子にするなどして支援した場合、きっとネロは絵の才能を開花させ、アロアと結婚して幸せになったでしょう(結婚はわかりませんが 笑)。


そしてコゼツに一生感謝したでしょうし、コゼツも幸せになったと思います。
これは紛れもなくハッピーエンドです。ですが、私はそうなって欲しくないと思っていました。コゼツがネロに冷たかったのは、娘を心配する親の立場もあったとはいえ、金や権力を背景にした傲慢な態度でした。

「あれだけひどいことをしておいてそれが改心したら許されるのか?美談になっていいのか?納得できない!」
→そうならずネロが死んでコゼツは一生自分を許すことができなくなったため「良かった…」と思ったのです。

そんなことネロは絶対に望んでいないでしょう。コゼツを恨んでいなかったネロのきれいな心に、醜い私の処罰感情がついていけなかったのです。
「ネロの幸せ<コゼツが苦しむこと」私の心はこうなっていたのでした。

 

こういった風潮は現代の大人の中にもあると思います。犯罪や不祥事を起こした人に対して、それを「償う」ことのみならず「不幸になる」ことを求める世論がしばしば見えます。私はそのようなことは不当で、あってはならないと思っていますが、それでもコゼツに対して私もそういう感情を持ってしまっていたのでした。


「良かった…」の理由③「才能や努力や人格では環境を克服できない」という話に仕上がっているから

ネロには絵の才能があり、コンクールで優勝すれば賞金がもらえて学校にも行けるという希望がありました。終盤、おじいさんが亡くなって仕事も失ってからは、コンクールでの優勝が事実上唯一のネロが生き残る道でした。


審査員はネロの才能を見抜いており、素材としてはトップの評価をしていましたが、絵の教育をしっかり受けた子の作品には完成度で及ばず、優勝できませんでした。ネロがある程度絵の教育を受けることができていれば、優勝していたのでしょう。

 

ネロは両親もおらず、牛乳を運んで生計を立てていたため、教育を受ける余裕はありません。


「才能や努力や人格では環境を克服できない」という一例に(結果的に)なっています。

私は厳しい境遇や不運な巡りあわせで望ましくない人生を送らざるを得なかった人に対して、「自己責任」「厳しい環境でも成功している人はいる」というような風潮は嫌です。ネロが才能と努力“だけ”でのし上がるストーリーになると、そういう風潮を補強することになります。


ネロほど才能があり努力もして人格が優れていても、環境要素を覆すのは難しいという結果になったことに「良かった…」と思ったのです。


「良かった…」の真の問題点は?

この2つの「良かった…」自体はまあそういう見方もあるよね。と言っていいものだと思います。

 

本件の問題点は、私の「良かった…」はネロに共感したり同情したりしているわけではなく、「コゼツに苦しみ続けて欲しい」とか「環境を克服できない話であって欲しい」という自分の勝手な思いを優先し、主人公が理不尽な扱いを受けた挙句死んだのに「良かった…」と思ってしまっていることです。


また、結果的に、ネロの心のきれいさと自分の心の醜さが対比される感想となっていることについ最近まで気付かなかったことです。

今私は心から(お話として面白いかは置いておいて)ネロが幸せになる結末だったらよかったのにね、と思っています。しかしそれは『フランダースの犬』がバッドエンドで、それを観た自分の心の動きを観察したからこそ至った境地で、ハッピーエンドを最初に観ていたら「ご都合主義作品」という感想しか持たなかったでしょう。

尚、今でも「ご都合主義的」なハッピーエンドは冷めてしまうことが多いです。


このことが理不尽なストーリー展開が多いホラーが好きになった原因の一つかもしれません 笑


「男はつらいよ」のような予定調和的な温かい話も普通に好きなのですが…。
 

 

 

 

さて、ネロの幸せより自分の感情を優先してしまった私ですが、FPとしてはご相談者様の幸せを自分の幸せだと思っており、常に100%ご相談者様の味方です!

(話の流れ的に説得力が…)

 

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