2018年末のハイライト | つれづれ日記

つれづれ日記

日々の出来事に感じたこと。

みなさま ごきげんよう。

私のブログは、未だ平成30年12月31日をアップしようとしています。

私の1年を漢字一文字で表すと
『変』

に尽きます。

仕事を辞めたことによって、人間関係も変わってきましたし、家庭での自分の置かれる立場も変わってきました。
それは、母が亡くなったこともですが、友人たちのご両親の訃報に接することが多くなってきたからです。

人生の世代交代の時期なのだな、と思う1年でした。

12月29日夜、友人からお父様の容態悪化の連絡をもらいました。
よほど慌てたのか箇条書きのような文面。
私は、もしもの時の詳細をいの一番に知らせてほしいとお願いをして就寝。
詳細では、どうやら、亡くなった30日通夜式で31日が告別式になると言う。

11月中旬に母を亡くし、四十九日法要が終わった1週間後に父が他界…
あまりに可哀想になり、31日の告別式に参列することにした。(私の母の時に、たいそう気遣ってくれたから、そのお返しの意味もあって)


新幹線でGo (なんか、蒼い朝でした)

向かう場所は南丹市。

告別式が始まるまで、会場近くの喫茶店で過ごすことにしたのに、年末でお店が開いてない…
タクシーのおっちゃんに連れて行ってもらった場所がナイスでした。

金物屋さんとカフェが合体したお店です。




カフェ・オ・レをオーダー。


このトレイは、揚げ物入れだそうな。
全てが新鮮なカフェでした。

その後、待ち合わせた友人の解説を聞きながら告別式に参列しました。
31日だから参列者は少ないだろう…と思っていましたが、かなり多い参列者で、生前のご人徳を偲ばせるものでした。

我が家の宗旨は、禅宗で曹洞宗。
友人宅は真言宗。
念珠の形態も違うし、唱えるお経も似ても似つかぬ。
よく聴いていると、般若心経が流れるようだったり
不動明王のご真言を身体中に浴びたようでした。

告別式は、やはり家族や故人の為にするものではなく、故人とお別れをする方々の為のものではないか、と感じるのです。
私は、母の遺言で家族葬としましたが、母とお別れをしたかった友人たちは、後から後から家に訪ねてくださいました。
最期のお別れをする機会を、失わせてはあかんのやな、とつくづく感じています。

オヤジは『俺の時も家族葬でな、頼むぞ』と私に言いますが、バッジを付けた人が家族葬ではできません。
チコちゃんだけやなくて、みんなから叱られます。

私は『わかった‼️任せとけ』と言いますが、家族葬ではなく、普通の告別式の予定です。
約束破り⁉️そんなことはありません。
『死人に口なし』ですもんね。

母で喪主の練習をして、父で本番。
まだ、独身の叔母の喪主もありますから、喪主のプロになれること間違いなしです。

私の場合、同じグループ会社で同僚でもある葬祭部が全て執行ってくれましたから、喪主初心者の私でもカッコよくできました。
滞りなく、つつがなく執行えるかは、葬儀屋さんとの信頼関係が築けるかです。
頼りにできる人が、いるかいないかが最重要ポイントです。

私の平成30年のハイライトは、年末に、告別式に参列して不動明王の御真言を身体中に浴びせていただいたことです。

今日もありがとうございます。
みなさまにも、不動明王の御真言が届きますように。