実は、数日前に地元の新聞の記事で、初めてわかったことがあって・・・
久々に御所の中へ
桜もかなり開花・・・ちょっと早すぎないか、入学式までもつのか
なにがわかったかというと、この
の向こう側
御所の中、こんな小路がいくつもあるのだが、以前は砂利道だったのが、除かれている
・・・水はけ悪そうだけど
さて、コレ
地元では、通称、石山・・・巨大な岩の碑だ
地元の子供の遊び場でもあって、私も遊んだし、自分の子供達も遊んでいた
登り方のコツがあって、夏なんかは、ヒンヤリして嬉しい
横には、
昭和6年に出来たであろうしかわからなかったが、ようやく記事によって正体がわかった
この石山の正体は、中川宮・・・青蓮院宮とも・・・の碑
中川宮というと、歴史好きの人はご存じの通り、
幕末における公武合体派の朝廷内の主導的立場だった人で
安政の大獄の時に、蟄居を命じられたり
8.18の政変の時の首謀者の一人でもある
そのため、長州人の反感は、ずっと続いていて
確か、大正天皇妃だったか昭和天皇妃が、中川宮の孫にあたり、
結婚にあたって、山県有朋が大反対している
・・・なので、今上天皇を含め、現在の皇族の何人かは中川宮の子孫になる
その中川宮の邸宅跡に建てられた・・・と言っても石だけど・・・中川宮の碑が、この石山の正体だった
たまたま目にした新聞記事で、判明したけど・・・と言っても調べる気もなかったけど
死ぬまで、知らなかったかも



