2012年2月5日、仙台空港で発生した、ANA731便(エアバスA320-200型:登録記号JA8384)のテールストライク事故の考察、第三弾となります。
前回は2012年2月15日に発表された、全日空の社内調査の結果と、運輸安全委員会が同年2月22日に公表した「エアーニッポン株式会社所属 JA8384滑走路接触事故調査の進捗状況」(以下「進捗状況」)に掲載されたDFDRの内容が異なる点について考察を行いました。
▼A320のテイルストライク。(イメージ:MSFS2002より) 今回は「進捗状況」に掲載されているDFDRの記録を元に、ANA731便:テールストライク事故を再現して、更に考察を進めていきたいと思います。
※今回のテーマは、航空事故の当事者を批判するものではありません。事故の考察を通して、航空安全への理解と意識を高めようとすることが目的です。 ※この考察はfoxtwo個人の見解に過ぎません。事故の真相については、運輸安全委員会が現在「意見照会作業中」の事故報告書をご覧下さい。 ●過去の考察はこちら(別窓で開きます)
【「航空事故報告(全日空A320テールストライク:その1)」2012年6月】 【「航空事故報告(全日空A320テールストライク:その2)」2013年3月】 【レビュー:A320のランディングプロシュージア】 ANA731便のテールストライクを再現する前に、前回掲載した、全日空が運航するA320の着陸シーンをレビューしてみます。
▼【You Tube動画:ANA BLUE ON BLUE - AIRBUS A320 - Part 3/3】
VIDEO もう一度、A320の着陸シーケンスをおさらいすると・・・
①GPWSのハイトコール30ftまたは20ft
②GPWSのRETERDコール
③PFによるスロットルのリタード操作
④主車輪接地
⑤PFによるリバースとノーズギアの接地操作
⑥自動システムによるスポイラー展開とホイルブレーキの作動(PNFがコールアウト)
⑦PNFによる70ktコール
⑧PFによる、スロットルのリバースアイドル~アイドルディテント操作
⑨PFによるマニュアルブレーキング操作
⑩滑走路上で機体が十分減速した後、タワーの指示を受けて誘導路へ離脱
以上の手順となります。
では早速、ANA731便のテールストライクを再現してみましょう。
【運輸安全委員会「進捗状況」DFDRによる再現】 午前8時03分: エアーニッポンが運行する全日空(ANA)731便は、乗員6名、乗客160名を載せ、仙台空港へ向け、伊丹空港(大阪)を離陸しました。
午前9時頃: ANA731便は、定刻通り仙台空港の管制空域に到達して、RWY27へ着陸進入を開始しました。
午前9時03分07秒: RWY27への接地寸前、対地高度約10ft、速度約140ktで、スラストレバーがアイドルディテントまで引かれました。GPWSのリタードコールがあったものと思われます。
▼【You Tube動画:仙台空港 JA8304 All Nippon Airways Airbus A320-200 Landing 】
VIDEO ▲仙台空港へ着陸する全日空のA320。※動画は本アクシデントとは関係ありません。 9時03分13秒: 速度約130ktで、A320の右主輪が滑走路に接地し、グラウンドモードになると同時にオートブレーキシステムが作動して、右のホイールブレーキがかかり始めました。
9時03分14秒: 左主輪も接地して、こちらもグラウンドモードとなり、左のホイールブレーキが作動すると同時に、グラウンドスポイラーが展開し始めました。
通常であれば、このタイミングでPFが間髪を入れずにリバースをかけるはずですが、スラストレバーはアイドルディテントのままで、ノーズギアにも荷重がかかった形跡がなく、エアモードが維持されていたことが記録されています。速度も約130ktから、ゆるやかに低下する程度の減速しか記録されていません。
9時03分18秒: 右主輪が接地してから約5秒後、恐らく、オートブレーキシステムがアクティブであることを副操縦士がコールアウトしたためか、ようやくここで、スラストレバーがリバースストロークに入りました。速度は約125ktまで減速しています。
9時03分19秒: スラストレバーがリバースに入った約一秒後、レバーがパワーアップする方向に操作され、アイドルディテントを通り越して、50%ほど急激にアドバンスされました。機長が何らかの理由で復航(ゴーアラウンド)操作に入ったものと思われますが、速度は120ktを切って、さらに低下し続けていました。
また、同時に機首のピッチ角も急激にアップしていることから、スラストレバーのアドバンストと同時に、サイドスティックによる機首上げ操作に入ったことが推測されますが、グラウンドスポイラーはまだ展開したままでした。
9時03分20秒: スラストレバーがテイクオフスラストまでアドバンスされました。通常の復航手順から考えると、機長がTOGAスイッチ※を入れたものと思われます。
※TOGAスイッチ:あらかじめ自動操縦システムにセッティングされた機体の各種データに基づき、最適な離陸出力、または着陸復航の出力を出すために、スラストレバーに設けられているスイッチ。
また、ここでグラウンドスポイラーがリトラクトされましたが、これはスラストレバーのアドバンストに合わせた自動格納と思われます。この時の速度は約110ktで、この着陸時において、DFDRに記録された最低速度となっています。
▼【You Tube動画:Awful Landing Complete With Tailstrike 】
VIDEO ▲北アフリカ、チュニジアのチュニスエア(TUNISAIR)のA320(登録記号:TS-IMM)が、着陸時にテールストライクを起こしたと思われる動画。※動画は本アクシデントとは関係ありません。 9時03分20~21秒: 機首上げ角が+12.7度まで達して、地上におけるテールストライクの制限角+11.7度を上回りました。この機首上げ角に達したタイミングで、731便の尾部が滑走路に接触したものと思われます。
9時03分23秒: 衝撃に気づいた?機長が機首を+5度程度まで下げています。この頃より、速度が上昇し始めました。
※報道によると、731便の機長はランプインするまで、テールストライクに気がつかなかったと報じられています。
9時03分25秒: 速度が約120ktに達し、機体が滑走路を離れました。この時のピッチ角は約+11度に維持されています。
その後、ANA731便は滑走路の点検のため、空中待機を余儀なくされ、予定より16分遅れの午前9時31分に無事、仙台空港に着陸しています。このテールストライクで、乗員乗客に怪我人が出たとの報告はありませんでした。
以上が、DFDRを元に再現した、ANA731便テールストライクの発生状況となります。
この一連の経過を見ても、当初報道された、731便が接地しないまま復航したとの説は、成立しないものとfoxtwoは考えています。
▼【You Tube動画:JA8609 All Nippon Airways Airbus A320-200 Take-Off @ Sendai Airport 】
VIDEO ▲仙台空港より離陸する全日空のA320。※動画は本アクシデントとは関係ありません。 【着陸接地点はどこか?】 ANA731便がゴーアラウンドしたのは、風の影響など、滑走路の接地点が通常よりも先に伸びてしまい、滑走路内で安全に停止することができない可能性などを、機長が懸念したためとの報道がありました。
まず最初に、ANA731便の接地点を知る必要があるので、「経過報告」に添付されたDFDRの速度と時間から推測してみましょう。「経過報告」では、RWY27上のテールストライクの擦過跡について特定しているので、ここを基点とします。
右主輪の接地からテールストライクまでの経過時間は約7.5秒となっています。また、731便が接地した時の速度は約130kt、テールストライクを起こした時の速度は約110ktなので、平均120ktで進行したものと考えて、120kt=秒速約62mとして計算します。
つまり、731便がRWY27へ接地してからテールストライクを起こすまでに滑走した距離は、62m/s×7.5秒=約463mとなり、尾部を接触させたB-4誘導路付近から逆算すると、731便の接地点はB-5誘導路を過ぎたあたりと推定されます。
※「Aviation Wire」では、B-5誘導路の手前に接地と推測。
これは、RWY27滑走路端から約700m、つまりRWY27の全長3,000mの約4分の1あたりとなります。
▼【You Tube動画:20110219 仙台空港RWY09 着陸 】
VIDEO ▲仙台空港RWY09(本アクシデントと逆方向)へ着陸する小型機のコクピット映像。※動画は本アクシデントとは関係ありません。 エアバス社の発行した「A318/A319/A320/A321 PERFORMANCE TRAINNING MANUAL」によると、A320-200型の着陸滑走に必要な距離(ALD)※は、重量46tなら700m、78tなら1,170mとなっています。
※ALD(Actual Landing Distances):滑走路端を高度50ftで通過してから、着陸後、機体が完全に停止するまでの距離。滑走路はドライコンディション、ホイールブレーキ(アンチスキッド作動)+グラウンドスポイラーで算定。
ANA731便の着陸重量は次の理由※により、ここでは46tと仮定します。
※DFDRに寄れば、731便は復航時、約120ktで浮揚しているので、「A318/A319/A320/A321 PERFORMANCE TRAINNING MANUAL」のV2チャートから推測すれば、V2が121ktに相当する離陸重量は45tとなリます。
また、ALDには元々リバースの効果は含まれていないので、機長のリバース操作の遅れについては考慮しません。
単純にこれらの数値を合算すると、731便が着陸滑走に必要だった距離は、700m(滑走路端から接地点までの距離)+700m(ALD)=1,400mとなります。
RWY27の滑走路長は3,000mなので、上記の数値から、731便がゴーアラウンドしないで滑走を続けたとしても、滑走路には1,600mの余裕があったことになり、この程度の接地点の伸びでは、ゴーアラウンドする必要がないように思えます。
もっとも、これは正に机上の空論なので、実際にANA731便がゴーアラウンドしないで、安全に滑走路上で停止することが出来たかは全くの未知数となります。
【なぜ復航したのか?】 それでは、ANA731便の機長が、ゴーアラウンドを選択したのはなぜでしょうか?
先述の風の影響や、接地点が伸びた可能性と合わせ、731便ではスラストリバーサーの作動が、通常のA320のランディングプロシュージアと比べてみると、かなり遅れていた疑いがあります。
A320に限らず、通常の旅客機の着陸でリバースをかけるタイミングは主車輪の接地となります。
これは先のANA A320の動画からも明らかで、実際に空港で旅客機の着陸を見慣れた方なら、主車輪が接地してノーズギアが滑走路に降りる前に、エンジンのリバースドアが開き始めるシーンをよく見かけると思います。
▼【You Tube動画:JA8947 ANA A320 LD--惚れ惚れする着陸 】
VIDEO ▲伊丹空港へ着陸する全日空のA320。前輪が接地する前に、エンジンのリバースドアが開いているのが分かります。※動画は本アクシデントとは関係ありません。 ところが731便では、スラストレバーがリバース位置に入ったのは、右主輪の接地から約5秒も後となっています。この間、先の計算から、731便はRWY27を310m滑走していたことになります。
つまり、ANA731便の着陸は、通常の着陸とは、次のような点が異なっていた可能性があります。
①接地したのが接地帯標識の中とはいえ、進入方向から見て、通常よりも奥だった。
②何らかの原因(一説によるとソフトランディングだったため)により、機長が機体の接地を明確に認知できず、リバース操作が遅れた。
③機長の証言によると、何らかの風の影響があった。
あくまで推測ですが、これらの点が731便の機長に、滑走路内での安全な停止に懸念を抱かせ、復航操作につながった可能性があります。
【なぜテールストライクを起こしたのか?】 上記の復航操作の判断そのものには、テールストライクを起こすような要因は見当たりません。
では、なぜ、過大なピッチアップが起きたのでしょうか?
先ほどのDFDRの再現から考察すると、機長がA320のサイドスティックで機首上げ操作(ローテイト)を開始したのは、スラストレバーがリバースストロークから、一転、パワーアップされるのと同じタイミングとなっています。
※公表されたDFDRには、サイドスティックの操作量ではなく、機首のピッチ角が記録されているために、機首上げ操作のタイミングは、もう少し早かった可能性もあります。
つまり、機長がTOGAスイッチを入れるより早く、機首上げの操作が始まっています。ただし、この時のANA731便の速度が、VR(離陸速度)を上回っているのであれば、この操作には、何ら問題はありません。
731便のVRのデータは公表されていないので、先のDFDRの記録にある、731便の復航時のVR=約121ktを代用します。
復航のため、機長の機首上げ操作が始まった時の731便の速度は約115kt、最大ピッチ角となった時の速度は、更に低下して約110ktと推測され、VRが121ktと仮定すると、10kt程度下回っています。
エアバス社が発行している「A318/A319/A320/A321 FLIGHTCREW TRAINING MANUAL」にも、VRを下回るタイミングでの機首上げ操作は、過大なピッチアップを招き、結果的にテイルのクリアランスを減少させることとなって、テイルストライクの要因となることが警告されています。
また、復航時のDFDRで目を引くのは、機長のサイドスティックの操作レートが急激に見られることで、機首のピッチ角+2度から+12.7度まで約1.8秒(毎秒約6度)と、エアバス社が推奨する(A318/A319/A320/A321 FLIGHTCREW TRAINING MANUAL)毎秒3度という操作レートと比較すると、倍近い数値となっています。
これだけ操作スピードが速いと、機長が所望のピッチ角で機首を止めようとしても、当て舵(この場合はサイドスティックの押し操作)が間に合わず、オーバーコントロールを招いた可能性も考えられます。
「A318/A319/A320/A321 FLIGHTCREW TRAINING MANUAL」にも、先の過早なローテイトと並んで、離陸時のサイドスティックの急激な操舵は、テイルストライクの一因となることが警告されています。
しかも、この過早で急激な機首上げ操作のタイミングで、グラウンドスポイラーが展開したままであったことも、気になります。
▼【You Tube動画:ANA Airbus A320-200 JA8947 LANDING TOYAMA Airport 2012.1.31 】
VIDEO ▲富山空港へ着陸するANAのA320。グラウンドスポイラーとリバーサーの動きがよく分かる動画です。※動画は本アクシデントとは関係ありません。 機材は異なりますが、731便と同じエアーニッポン運航のANA298便(B737-800型)が2009年8月10日、東京国際空港滑走路上で起こしたテールストライク事故でも、グラウンドスポイラーが展開していると、機体に機首上げモーメントが働き、過剰なピッチアップの要因となることが、運輸安全委員会の事故報告書(AA2011-4)で説明されています。
【天候は影響したか?】 最後に、機長が風の影響を懸念したとの説もあるため、事故当時の天候がテールストライクの発生に何らかの影響を与えたのか確認してみましょう。
事故当日(2012年2月5日)のMETAR(定時飛行場実況気象通報式)を、事故の発生時刻(日本時間午前9時、世界標準時0時)をはさんだ前後一時間のデータとともに見てみましょう。
●METAR(空港コード、日付Zタイム、風向風速、視程、雲、気温/露点、気圧)
RJSS 042300Z 09004KT 9999 FEW020 M00/M08 Q1024
RJSS 050000Z VRB02KT 9999 FEW020 01/M08 Q1025 ⇒ 事故発生時刻
RJSS 050100Z 13004KT 070V180 9999 FEW020 02/M08 Q1025
注目すべきは風の値ですが、事故発生一時間前となる午前8時には風向90度(東の風)、風速4KT(約2m/s)、事故発生時刻の午前9時には、VRB(風向不定)の風速2KT(約1m/s)、事故より一時間後の午前10時には、風向130度(南東の風)、風速4KT(約2m/s)となっています。
確かに風向はやや不安定な傾向が伺えますが、それは風速が極めて弱いためでもあるため、この程度の弱風では、731便の着陸時に、たとえ追い風になったとしても、機体のコントロールに影響を及ぼした可能性はほとんどなかったと判断して良さそうです。
【推定原因】 以上の点から推察すると、
①V2に達する前に機首上げ操作が始まったため、サイドスティックの操作量に機体が追従しない(機体が浮揚しない)ことによって、パイロットのオーバーコントロールを招いた。
②サイドスティックの機首上げ操作が、通常よりも性急だったため、上記の①とともに、これもオーバーコントロールを招く要因となった。
③グラウンドスポイラーが引き込まれる前に、機首上げ操作が行われたため、パイロットの予想に反した機首上げモーメントが機体に働いた。
これらの要因が複合的に働いて、機長の過剰な機首上げ操作を招き、ANA731便のテールストライクが発生した可能性があるものと、foxtwoは考えています。
以上が本事故に関する考察となりますが、あくまで、foxtwo個人の見解となりますので、真相については、今後の運輸安全委員会の、事故調査報告書の公表をお待ち下さい。
▼【You Tube動画:AirAsia Japan Airbus A320-211 Landing at Narita 】
VIDEO ▲成田空港へ着陸するエアアジアジャパンのA320。機体は紛れもなく本テールストライクを起こしたJA8384号機で、修復作業の後、尾翼のロゴを消され、事故から二ヶ月後の2012年4月から6月まで、エアアジアジャパンの訓練機として使用されていた。7月に全日空に返却された後、当機は売却先が見つからず、同年7月4日、事故の後、一度も定期運航に復帰することのないまま、「航空の用に供さない」との理由から、登録抹消されている。