9ヶ月ぶりの更新となりますが、2012年2月5日、仙台空港で発生した、ANA731便(エアバスA320-211型:登録記号JA8384)のテールストライク事故の考察、第二弾となります。

【事故の経過】
2012年2月5日、午前9時10分頃、伊丹発仙台行きの全日空731便(エアーニッポン運航)が、仙台空港に着陸した際に、機体後部を滑走路に接触させ、機体下面と圧力隔壁の一部を損傷しました。乗員乗客166名にケガ人などは出ませんでしたが、国土交通省「運輸安全委員会」は、本事象を航空法第76条で定めるところの「航行中の航空機の損傷」に当たると判断し、「航空事故」として調査しています。

※今回のテーマは、航空事故の当事者を批判するものではありません。事故の考察を通して、航空安全への理解と意識を高めようとすることが目的です。

▼A320のテイルストライク。(イメージ:MSFS2002より)
$foxtwoのブログ

国土交通省 運輸安全委員会の本事故調査も、現在、大詰めを迎えており、事故報告書が「意見照会作業中」となっていて、まもなく公表されるものと思われます。

※意見照会作業中:事故調査報告書が完成し、各関連機関での確認作業を実施している状態。

▼国土交通省 運輸安全委員会(別窓で開きます)
2012年2月5日発生「ANA731便テイルストライク事故」


前回はテールストライクの発生メカニズムから、類似の過去事例を考察してみましたが、今回は2012年2月15日に発表された、全日空の社内調査の結果と、運輸安全委員会が同年2月22日に公表した「エアーニッポン株式会社所属 JA8384滑走路接触事故調査の進捗状況」(以下「進捗状況」)から、ANA731便:テールストライク事故の考察を、更に進めてみたいと思います。

●過去の考察はこちら(別窓で開きます)
「航空事故報告(全日空A320テールストライク:その1)」2012年6月


まず、今回の考察を進める前に、A320のパイロットは着陸時に、どのような操縦操作をしているのか、確認しておきましょう。

【A320のランディングプロシュージア】
参考までに動画サイトから、事故機と同じ全日空が運航する、A320の着陸シーンを見てみましょう。

▼【You Tube動画:ANA BLUE ON BLUE - AIRBUS A320 - Part 3/3】


現代の旅客機が着陸する時には、二人のパイロットにオートパイロットを加えた、2マンクルー+1マシンで、ランディング・プロシュージアを実施するのが通例となっています。

たとえマニュアル操作で着陸する場合でも(動画では2分58秒にオーパイがOFFになっています)、GPWS※がHight Call(ハイトコール:対地高度の読み上げ)を行い、二人のパイロットをバックアップする仕組みになっています。

※GPWS(Ground Procity Worning System):対地接近警報システム。全日空ではGPWSをさらに進化させたEGPWSを、2003年に全機に装備させています。
http://www.ana.co.jp/ir/kabu_info/ana_vision/pdf/61tq/05.pdf


二昔前までは、PNF※の仕事だった着陸時のハイトコールですが、しばしばPNFが、高度のコールアウトを忘失した事が原因と思われる事故が発生したために、現在の旅客機ではGPWSがPNFに代わり、電波高度計の値を黙々と読み上げて、パイロットをサポートしてくれます。

※PNF(PILOT Not Flying):2マンクルー制の旅客機の運航において、操縦を補佐し、管制機関との無線交信や計器の読み上げ、脚やフラップ等の操作を担当するパイロット。操縦を担当するパイロットを、PF(PILOT Flying)と呼ぶ。

この動画では、4:40にGPWSが"One-hundred!"、4:43に"Thirty!"と対地高度をコールアウトし、直後に"Retard! Retard! Retard!"と、パイロットにスロットルを絞るように指示するのを受けて、機長(PF)がスロットルをアイドルに絞っています。

その後、4:47に機体が接地した衝撃があると、間髪を入れずに機長がスロットルをリバースストロークまで一気に絞り、エンジンのリバース音が聞こえます。

また、4:52に副操縦士(PNF)が、オートブレーキとスポイラーが(自動的に)作動していることをコールアウトしています。

▼【You Tube動画:GPWS Test Mode 】


以上、まとめてみると、A320の着陸シーケンスは、概ね次のステップを踏んでいるようです。

-------------------------------
①GPWSのハイトコール30ftまたは20ft
②GPWSのRETERDコール
③PFによるスロットルのリタード操作
④主車輪接地
⑤PFによるリバースとノーズギアの接地操作
⑥自動システムによるスポイラー展開とホイルブレーキの作動(PNFがコールアウト)
⑦PNFによる70ktコール
⑧PFによるスロットルのリバースアイドル~アイドルディテント操作
⑨PFによるマニュアルブレーキング操作
-------------------------------

と続き、滑走路上で機体が十分減速した後、(タワーの指示を受けて)誘導路へ抜けて行きます。

これが一般的なA320のランディングプロシュージア(着陸手順)となります。

【全日空の社内調査報告】
事故から10日後に公表された、全日空の社内調査報告では、ANA731便のテールストライク事故のきっかけとなったのは、機体が滑走路に接地している事にパイロットが気がつかず、着陸をやり直すために、復航姿勢をとったためであると発表されています。

機体が空中にあるものと感違いして復航姿勢をとったのであれば、地上と空中の機首上げの制限角が異なるため(当然、空中の方が大きな機首上げ角をとれる)、テールをヒットさせてしまったとの説明がつきます。

AIRBUS社が発行した「Avoiding Tail Strike」によれば、A320がテイルストライクを起こす機首のピッチ角は、主車輪のストラットが縮んでいれば+11.7度、伸びていれば+13.5度となっています※。

一方、A320が離陸直後に許容される、上昇姿勢の機首角度は最大+15度とされています。

※これらの数値は資料によって若干数値が異なります。

これらの数値を元に考察すると、ANA731便がテイルストライクを起こしたのは、機長がテイルストライクを起こす恐れのない、十分に余裕のある高度を確保しているものと勘違いして、機首を+15度近くまで引き起こしたために、地上のテイルストライク限度角(主車輪ストラット圧縮時)の+11.7度を上回ってしまったことが原因と言えそうです。

▼【You Tube動画:SBGO RWY14 - Goiania APP RNAV DAYLIGHT 】


ではなぜ、ANA731便のパイロットは、機体が滑走路に着陸したことに気がつかず、フローティング(接地しないまま機体が滑走路上を浮揚すること)しているものと勘違いしたのでしょうか?

先ほどの、A320のランディングプロシュージアから、その理由を考えてみると、

-------------------------------
①着陸時の衝撃がほとんどないほど、ソフトなランディングだった。

②ソフトランディングの結果、まだ機体が滑走路に接地していないと勘違いしたパイロットが、スロットルをアイドルに戻さなかった(リタードしなかった)ために、主車輪に機体荷重が十分にかからず、ストラットが圧縮される「グランド」モードではなく、エクステンドした「エア」モードの状態が維持されてしまった。

③上記②の結果、オートブレーキシステム(グラウンド・スポイラーやホイルブレーキ)が作動せず、機体がフローティングしているとの、パイロットの誤った認識を補強してしまった。

④GPWSのハイトコールやRetardコールがなかった(GPWSの故障、または、普通ありえませんが、GPWSのメインスイッチが切られていた)か、コールがあっても何らかの理由によって、パイロットが二人とも合成音声に気がつかなかったか、聞こえていても認識が薄かった。
-------------------------------

上記の条件がすべて満たされれば、二人のパイロットが機体の接地に気がつかなかったというシナリオが成立します。

実はこれは、foxtwoが事故直後の報道と、2月15日の全日空の社内調査報告などから考えていたシナリオだったのですが、2月22日に国土交通省「運輸安全委員会」が発表した「進捗状況」DFDR※の記録によって、この仮説は根本から見直さざるを得なくなってしまいました。

※DFDR(Digital Flight Data Recorder):飛行記録装置。CVR(Cockpit Voice Recorders)音声記録装置と共に、一般にブラックボックスと呼ばれ、航空事故やインシデントの解析に欠かせないシステム。

それは、全日空が発表したパイロットの証言と、DFDRの記録が食い違っていたからです。

▼A320のテイルストライク。(イメージ:MSFS2002より)
$foxtwoのブログ

【運輸安全委員会「進捗状況」】
運輸安全委員会が発表した「進捗状況」の後ろから二頁目に、「今後修正される可能性がある」との但し書き付きで、DFDRの記録が掲載されています。

これはネット環境さえあれば、誰でも閲覧が可能となっています。(お約束でパソコンにAdobe rederがインストールされている必要があります)

▼国土交通省 運輸安全委員会(別窓で開きます)
「エアーニッポン株式会社所属 JA8384滑走路接触事故調査の進捗状況」


このグラフは、DFDRの膨大なデジタルデータ(数字の羅列)を、視覚的に分かりやすくするため、横に時間軸、縦に速度や高度、スロットルレバーやスポイラーの位置など、各種のパラメータを、それぞれ折れ線グラフで表したものです。

※実際のDFDRのデータには、この他に、エンジンの各種パラメータや操縦捍の位置、計器の表示やスイッチのON/OFFなど、A320が運航中の、ありとあらゆるデータが記録されています。

このDFDRの記録を見ると、foxtwoが最初に推測した、パイロットがフローティングを誤認するキーが、ことごとく否定されていることが分かります。

まず、「進捗状況」の本文にも記載されているとおり、ANA731便の着陸時、左右の主車輪は正しく「グランドモード」になっており、ホイールブレーキが作動して、グランドスポイラーが展開したことが記録されていました。

特に注目すべきはスラストレバーの位置で、アイドルディテンドから、復航のためテイクオフ・スラストにアドバンスされる直前、レバーが一時的に“リバース”位置に引かれていたことが記録されており、これは、全日空の社内調査の「パイロットが接地に気がつかなかった」という発表と、矛盾しているものと思われます。

フローティング(機体が滑走路上を浮遊すること)している時に、リバースをかけるパイロットはいません。

なぜなら、A320を初めとする現用の旅客機は、主車輪に機体荷重がかかる「グランドモード」でなければ、機構的にリバース位置にスラストレバーが入らない構造になっているからです。

つまり、リバース操作を行った時点で、ANA731便のパイロットは機体が滑走路に接地しているとの認識があったことになります。

これはどういうことなのでしょうか?

▼【You Tube動画:DETAILED THRUST LEVERS & A/THR OPERATION ON FLEX TO & LG 】


もっとも、このような事件や事故では、時間が経つにつれて始めの情報が次第に変化してきて、やがては真実に至るということは珍しくないので、ANA731便の事故をめぐる、全日空の「社内調査」と運輸安全委員会の「進捗状況」との矛盾点も、まもなく公表される事故調査報告書によって明らかになるでしょう。

運輸安全委員会の事故調査報告書の公表に先を越されそうですが、次回はDFDRの記録を元に、ANA731便のテールストライク事故の確信に迫りたいと思います。