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☆今作は、K探偵事務所シリーズ
「ため息とあくび」「花いちもんめ」
の続編です。

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蝉が鳴いている。


この世の春と言わんばかりに鳴いている。


いや今は春じゃない。


そんな事は蝉だって
わかってるいるだろう。



暦の上では残暑といわれる季節だ。


それでも、
まだまだ蝉は地上を謳歌するようだ。



暑いのに元気だな、蝉たちは・・・



ヤツらには悪いが、正直言って暑苦しい。



僕はバズエフェクトなんて言葉を
考えていた。


このクソ暑い日に
余計な事を考えてしまった。


でも今はその方がいい。

とある誘惑と戦っているのだから。



バタフライエフェクトとはたまに聞く。


カオス理論というやつの用語らしい。


そんな難しい理論のことは
よくわからない。


蝶の羽ばたきが、
いずれは遠くの場所で竜巻を起こす。

ようは小さなことがきっかけとなり、
それが巡ると大きな影響を及ぼす
ということだろうか。


だったら僕が考えた
バズエフェクトも
そんな感じの用語として
使えるんじゃないか。



蝉の鳴き声効果。


たしか高校の時、
英語の先生が授業中に脱線話をした。


蝉の鳴き声を“声”だと認識するのは
日本人とポリネシア人だけ。


欧米人からしたら蝉の声は雑音になる。


だから、
羽の付いた虫である蝉の声は
“Buzz(ブンブン=虫の羽音の擬音)”
で表現出来る。


“buzz of cicadas”で
蝉の鳴き声だと言っていた。



そんなわけで、
蝉の鳴き声効果=バズエフェクト。



ん、なんか違う気もする・・・



どちらかというと、
今の世の中、バズった効果
という意味合いで使う方が
適切なのかもしれない。


でも、僕の周りで
何かバズるわけでもないから、
まぁいいか・・・





ハァァ・・


もう少しちゃんと
英語の勉強しとけばよかった・・・





インチキ気象学者による
バズエフェクトのお話。


真夏に蝉が鳴くと
気温が上昇していくように感じますよね。


あれって実際に
気温上がってるんじゃないの!?


蝉一匹につき微々たる気温が。


各地で合唱なんてした時には
二、三度上がってるでしょ絶対!!


どう思います?





そんなくだらないことを
炎天下の中考えていたら
事務所に戻ってきていた。



コンビニに
昼飯買いに行っただけなのに、
なに考えてるんだか・・・



嗚呼ヤバイ・・


誘惑に負けそう・・・





僕は冷房の効いた事務所の中で
今度は別の余計な事に
思いを巡らす事にした。



そういえば、
さっきコンビニの店員さん、
僕が買ったのは冷やし中華なのに、
「こちら温めますか?」って聞いてきた。


僕も「あ、いいです」
なんて普通に応えた。


でも、今思うとあの店員さん
真顔で暑気あたりでも
起こしていたんじゃないだろうか。



いや、何だよ真顔で暑気あたりって・・・



僕は自分で自分の
どうしようもない思考に
ツッコミを入れていた。



由依さんと視線が重なった。


彼女は、

(何やってんだ、コイツ)

というような目で僕を見ていた。


僕はその視線をぎこちなく避けた。


そして彼女に冷やし中華を一つ渡した。


すると彼女が、


「アンタ、ちょっと可怪しくない?
    もしかして夏バテ?」

と聞いてきた。



「全然大丈夫!食欲あるし」


と言って僕は誤魔化したのだが・・・


その食欲が今は問題なんだ。





僕には今
とてつもなく食べたい物がある。


食べたいのだけど、
そう簡単には手を出せない。


いや、頑張れば手ぐらい出せる。


けれど、その勇気がない。


勇気を振り絞らなければ食べられない、
そんな食べ物。


これまで我慢してきた。


しかし、それはチラチラと脳裏を過り
僕を誘惑してくる。



その誘惑に負けないように努力はした。


けれどコンビニの“それ”では
もうどうにも誤魔化し切れない。


とうとう“それ”が夢にまで出てきた。


だから、余計な事を考えて
“それ”をなんとか頭の隅に追いやろうと
頑張っていた。



でも、もう限界だ。


この精神状態が続くのは耐えがたい。


これはもう
食べるしかないのではないか・・・



うん、そんだ!


そうしよう!!





僕は何かに取り憑かれたように
PCを操作し“それ”を予約した。



セーフだ!

間に合った!!


残りあとわずかになっていた。



僕は腕組みをし、
たぶん恍惚とした表情を浮かべていた。


由依さんが、


「えっ、気持ちワルッ」


って言ったのが聞こえたから、
かなり気持ち悪い表情で
ウットリしていたのかもしれない。







“それ”とは、
坂道グランドホテルにある
パティスリー欅の
“スペシャルメロンショートケーキ”
のことだ。


もう、これでもかっっ!!
と言わんばかりに、
憎々しいほどメロンが乗っかっていて、
中身までメロンの楽園という一品だ。


一皿云千円もする。


だったらメロン食えよっ!
という感じなのだけど、
そこでしか食べることのできない
特別感に妙に惹かれた。




たまたま観たテレビ番組で
紹介されていた。


思わずテレビに釘付けになってしまった。


卑しいほど、とんでもなくそそられた。


深夜番組のラーメン特集並みに、

いや、それ以上に何故だかそそられた。


どうしようもなく食べてみたいと思った。


思い続けてしまった。



それで、今に至るわけだ・・・







僕は改めてPC画面を見た。


自分って本当に
馬鹿が付くくらい正直だと思った。


僕は予約を二人分入れていた。


つまり由依さんと食べに行きたい、
という気持ちが、
このどうしようもない食欲と
常に平行していたのだろう。



僕のテンションは上がりに上がっていた。


だから、かなり食い気味に
由依さんに聞いていた。



「由依さん!明日定休日だし、
    デートしよ!デート!!
    絶対後悔させないからっ!!!
    ねっ、デートしよっ!!!!」



これはもう完全にデートの押し売りだ。



由依さんはそんな僕に引きつつも


「いいけど・・・なんか不気味」


とOKしてくれた。



この短時間で“気持ちワルッ”と“不気味”
なんて言葉を立て続けに言われても
今の僕はへこたれない。


僕は背筋を伸ばし、
澄ました顔を作って
由依さんを手招きした。


彼女は、


「何なのよー」


と少し不機嫌になっていたが、
PC画面を見ると表情が変わった。


「えっ、嘘、予約出来たの!?」


由依さんは
驚きと喜びが入り交じった顔を
僕に向けた。


僕は得意気な顔をして、


「後悔させませんよぉ」


と言った。


すると、


「あ、期待しちゃうよ」


と彼女に言われたので、


「期待してください」


と返した。



僕らは二人して
顔を見合わせ笑っていた。


よし、明日は久しぶりにデートだ!










僕は数ヵ月前、
由依さんに初めて花を贈った。


色んな人や出来事に
背中を押されるような形では
あったけれど、
彼女に普段の感謝の思いは
伝えることができた。


僕にとってはかなり大きな一歩だった。



この一歩、実はそれなりの効果があった。



僕らの関係が
少しだけ前進するきっかけになった。


それまでは、圧倒的に
仕事での付き合いだった。


職場と僕の住居の関係で
朝食や昼食は一緒に食べいた。


けれど、夜に二人きりで
ご飯に行くことはあまりなかったし、
休みの日はそれぞれ別々に過ごしていた。



けれど今はチョット違う。


一緒にいる時間が増えている。


仕事終わりや休みの日に
二人で映画に行ったり、
ご飯を食べに行ったりetc.


そんな感じの
普通に恋人同士がやってそうな事を
普通にできるようになっていた。


でも、まだ恋人同士というわけではない。


デートをする間柄ではあるけれど、
完全なる健全デートだからだ。


まだまだ幼馴染みの壁は厚いようだ。



それでも僕は嬉しかった。


由依さんの近くにいられるというだけで
僕の心は毎度歓喜に沸いていた。


幼馴染みの壁だってそのうち
取っ払うことができる気がしていた。



しかし、
彼女との距離感が縮まっていくと、
それに比例するように
彼女の兄である土生さんからの圧が
増していた。


もう怖いほどに・・・



以前、酔っぱらった土生さんに
こんな事を言われた。



由依のことよろしく。
でも、指一本でも触れたら承知しない。



かなり矛盾している。


だけど、前は酔っぱらった勢いで
言っているだけだと思っていた。


けれど、土生さんは
どうやら真面目に言っていたようだ。


土生さんは、何故か僕が
由依さんの部屋に上がったことを
知っていた。


そして、


「下半身にしっかり節操を持とう。
    わかってるよね」


なんて言われた。


さっきも言ったように、
僕と由依さんは哀しいほど
至って健全な関係だ。


正直僕としては
その健全さを取り払いたいのだけど・・・


部屋に上がったても
まだお茶を飲むくらいだ。


けれど土生さんの言葉が怖くなって、
次に由依さんの部屋に行った時には
思わず盗聴器の類いを探してしまった。


とりあえず無かった。



土生さんは兄としてのアンテナ感度が
恐ろしく高いようだ。


電波妨害する術を見つけない限り
僕は由依さんと
一線を越えられそうにない。



でも、その一線が・・・


つまり幼馴染みに区切りを付けて
男女の関係になるのが、
僕には高い壁となっていた。


それだけが、僕の今の悩みだった。







さて、
さっさと冷やし中華を食べてしまおう。


テンションが上がっているうちに
報告書を仕上げたい気分だった。



明日は夢にまで見た
スペシャルメロンショートケーキと
由依さんとのデートというフルコースだ。


期待も膨らむってもんだ。



僕は意気揚々と
冷やし中華の具材を麺の上にのせ
タレをかけた。





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