ありふれた日常では、
ありふれた会話をしている。
例えば、
お腹がグゥ~と鳴って、
時計を見たらお昼になっている。
「腹へったぁ、昼どうする?」
「ん~、○○に行ってみる」
「あ、いいね」
なんて会話をする。
実にありふれている。
だから、
普段はそんな会話なんて
気にも留めない。
非日常を体験しないと
何がありふれていたのかすらわからない。
僕と由依さんは、
またも非日常の中に放り込まれていた。
いや、自ら飛び込んだのかもしれない。
お腹がグゥ~と鳴って時計を見たら
とっくにお昼を過ぎていた。
でも、お腹が鳴ったのは
僕でも由依さんでもなく星賀さんだった。
「お腹空きましたね、お昼どうします?」
「んー、あなたの記憶にします」
「あ、いいですよ」
ってな会話、絶対にしたくない!?
記憶を捕食する地球外生物が
空腹だった場合の対処方法をご存じの方、
誰かいらっしゃいませんか・・・
大方の人間はこの地球で
記憶を捕食して生きている生物と
共存しているなんて思わない。
だから、“そんな生物”に遭遇する
という想定は、たぶん誰もしていない。
けれど、僕と由依さんは訳あって
“そんな生物”と共存していることを
知らされていた。
そんな僕らは、
遭遇した場合に備えてあらゆる想定を
しておくべきだったのだろうか?
と今更ながら思っていた。
でも、想定しろと言われても無理だった。
精神的に色々と堪えていたもので・・・
なんて言い訳を考えている暇
今はないだろっ!?
本日、K探偵事務所では
想定外のことが起きていた。
僕らの記憶を捕食している
メモリー・イーター星賀さんが
依頼人として事務所を訪ねてきた。
何だかんだで
僕らはその依頼を引き受けることにした。
それだけで、
胸やけしそうなくらい想定外だったのに、
事もあろうには星賀さんは、
僕らの目の前でお腹を空かせていた。
僕は妙な緊張感の中、
かつてないほど防衛本能が働き
身構えていた。
ここでクイズです。
空腹のメモリー・イーターが
食べたいモノはなんでしょう?
それは愚問ってやつか・・・
嗚呼っ・・・
やっぱ僕らの記憶だよね。
えー嫌だよっ!絶対に嫌っ!!
星賀さんは
僕と由依さんを見て生唾を飲み込んだ。
彼の瞳は
捨てられた子犬のように潤んでいた。
やめていただきたい・・・
僕らはさながら
天敵の捕食動物と鉢合わせしてしまった
草食動物みたいだった。
でも、僕らは物言う草食動物だ。
いくら星賀さんが依頼人でも、
これ以上記憶を捕食されるのは御免だ。
僕は思い切って話をした。
「あの・・・星賀さん、
お腹が空いているとは思いますが、
もう記憶はあげませんよ」
おっかなびっくりにそう言うと、
星賀さんは頷いた。
「はい、そこはわきまえています。
もう記憶はちょうだいしません。
人間が食べる物からでも
僅かな栄養は摂れるので大丈夫です」
え、それって
普通に人間と同じ食事ができるってこと?
思いもよらぬ返答に、
僕と由依さんはお互い目を見開き
顔を見合わせた。
「まあ栄養と言っても、作り手の
残留思念みたいなモノなんですけど」
なにそれ・・・
思念が食品に宿るってこと!?
何だか急に
おどろおどろしいんだけど・・・
「その残留思念は美味しいんですか?」
僕は、気になったので聞いてみた。
すると星賀さんは
首を横に振って言った。
「残留思念は不味いモノばかりです。
圧倒的に怒りや恐れ、
悲しみや不安ですから。
でも、人間の食べ物は美味しいです」
それ、矛盾してない?
不味いけれど
美味しいってことでしょ。
なんだか理解が追いつかない・・・
「あの、ちなみに
どんな食べ物が好きなんですか?」
そう質問すると星賀さんは即答した。
「寿司、天ぷら、ラーメン、
あとは、カレーライスとか
おにぎりが好きです」
まるで外国人観光客じゃないか・・・
まあ、たしかにどれも美味しい。
ん!?
でも、消化機能はどうなってるわけ?
本当に食べて大丈夫なの?
そんな要らぬ心配をしていると、
「じゃあ、ラーメンの出前とるけど、
それでいい?」
と由依さんが聞いてきた。
星賀さんは嬉しそうに返事をした。
僕としては、
記憶以外を喜んで食べてくれたら
それに越したことはない。
まあ、なんでもかんでも
理解しようとするのは無理がある。
とりあえず、
地球外生物の食の好みを知れただけ
よしとしよう。
ということで、
昼はラーメンに決まった。
三十分足らずで出前は届いた。
シンプルな醤油ラーメン。
メンマにナルト、ねぎ、ほうれん草、
そしてチャーシューがバランスよく
のっかっていた。
星賀さんはレンゲでスープを掬うと
フーフーと息を吹きかけ
「あちっ」
と言いながらそれを飲んだ。
どうやら猫舌のようだ。
猫舌の地球外生物は
僕らと同じように箸を使い、麺を啜った。
ラーメンを美味しそうに食べる
星賀さんは、どこからどう見ても
人間にしか見えなかった。
そういえば、
理佐さんが来たことに慌ててしまって
話が途中になっていた。
「食べながらさっきの話の
続きをしてもいいですか?」
そう星賀さんに尋ねると、
彼は口をモグモグさせながら頷いた。
えーと、どこまで話したっけ・・・
たしか、
望来(みらい)ちゃんに接触するには、
彼女の生活パターンを
掴んでからにした方がいいのではないか、
と星賀さんに提案したんだ。
そして、星賀さんが
何か途中まで言い掛けた時に
理佐さんが来て慌てたわけだから・・・
あれ?
「さっき理佐さんが来る前、
何か言ってましたよね」
僕がそう星賀さんに聞くと、彼は、
「え、そうですか?
理佐さん見たら興奮してしまって
忘れちゃいました」
と言い、
寂しそうな瞳で少し遠くを見た。
よほど理佐さんのことが
好きだったようだ。
人間に恋をし、
その恋に破れた地球外生物。
可哀想に・・・
でも、どうやら記憶を捕食していても、
それが直接記憶力に影響するわけでは
なさそうだ。
すると由依さんが箸を置き、
星賀さんの方を向いて言った。
「確かに星賀さん
何か言い掛けてましたよ。
望来ちゃんに接触するのは
確実な方法を選びたいけれど、
自分はもう・・・みたいな感じで。
それってもしかして、
寿命のことですか?」
星賀さんは寿命というワードに
反応を示し、箸で自身の下唇を
チョンチョンと突っついた。
そのチョンチョンで
何か思い出すのだろうかと
思っていたら、
「あー、そうそう」
と言い彼は僕らを見た。
どうやら本当に
チョンチョンで思い出したようだ。
「ボクとしても
確実に記憶を返還できる日を
探りたいんですけれど、
たぶん、ボクはもう二、三日で
消えてしまうと思うんです」
星賀さんはそう言うと
袖を捲り僕らに左腕を見せた。
その腕は部分的に
映写機で写し出されたかのように
透けていた。
えっ、二、三日・・・
はあぁぁ!?
僕は思わずむせて
麺を噴き出すところだったが、
なんとか咀嚼し飲み込んだ。
「それって、
時間がないってことですかぁ?」
僕の問いに星賀さんは
どこか他人事のような顔をして頷いた。
そして、さらっと
「もっと早くお二人に頼るべきでした」
と言いまた麺を啜った。
正直なところ、この案件には
二週間くらいを想定していた。
最初の一週間で望来ちゃんの
大体の生活パターンを掴み、
次の一週間でタイミングのいい曜日を
選んで接触する。
でも、二、三日となると
生活パターンを掴むのはまず無理だ。
これはもう不審者扱い覚悟で
正攻法で行くしかないって事なのだろう。
それにしても、
二、三日というのはアバウトだ。
二十四時間も違う。
せめて三日は持ち堪えていただきたい。
すると星賀さんは
透けた左腕を見ながら言った。
「ボクも消滅するのは初めてなので
よくわからないんですよ。
もしかしたら
今日消えるかもしれないし・・・
どうしましょう・・・」
ホントどうしましょう・・・
って、それはもう
「今日実行するしかないでしょっ!!」
と僕が言う前に、
由依さんが言っていた。
はい、所長・・・
ラーメンを食べ終えた僕たちは
さっそく作戦会議をした。
会議と言っても
ざっくりとした手順の確認だ。
車で移動し、
望来ちゃんが通う小学校に程近い
コインパーキングに止める。
そして、小学校近くの通学路で
望来ちゃんが来るのを待つ。
望来ちゃんを見つけ次第、
彼女と面識のある僕が声を掛ける。
そして、星賀さんが記憶を返還する。
ざっくりし過ぎ・・・
これ、一番やりたくなかった方法だ。
手っ取り早いがリスクが大きい。
でも、今はそうは言っていられない。
この依頼を無事に遂行したら、
知らず知らずのうちに
こびりついていた因縁に
終止符を打てるような気がしていた。
でもそれは、気持ちの問題でもあるから
スッキリとはいかないかもしれない。
それに、
望来ちゃんへの記憶の返還が
上手くいったところで、
僕らの記憶は返還されない。
由依さんの僕の名前の記憶も
戻ってこない。
僕はこの先ずっと
大好きな彼女から苗字で呼ばれる。
それは正直言ってさみしい。
それでも僕らは
星賀さんの予知能力を信じたかった。
星賀さん曰く、
望来ちゃんは将来的に
猫の救世主になる人だ。
僕らの記憶、
そして僕の名前と引き替えに
多くの猫の命を救えると考えればいい。
なんだか少しばかり
厨二病っぽいけれど、
この際それでも構わない。
そうやって僕は、
僕自身を納得させていた。
さて、あと一時間もすれば下校時刻だ。
僕は、通学路を頭に叩き込んだ。
星賀さんは緊張感などなく
どこかウキウキしているように見えた。
「折角なんで作戦名つけましょうよ」
なんて言っている。
だから、
作戦名の命名は星賀さんにお任せした。
「では、記憶返還大作戦で!」
ダサッ・・・
「それでいいんじゃない」
由依さんが半笑いでそう言った。
彼女の言葉を受けて、
星賀さんは満更でもない顔で
ニコリと笑った。
依頼人がご満悦ならそれでいい。
よし、では出発するとしますかっ!
正攻法が吉と出るか凶と出るか・・・
前代未聞の記憶返還大作戦、
始まります。
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