車内では誰一人として
言葉を発しなかった。


僕は緊張と不安に包まれながら、
窓の外の景色を眺めた。



信号が赤になり車が停まった。


横断歩道を渡る人をぼんやりと見た。


ただ普通に横断歩道を
渡っているだけなのに、
その人たちが妙に羨ましかった。





わけのわからないことに遭遇した。


巻き込まれたのか、

勝手に首を突っ込んだのか、

今となっては、それすらわからない。


理佐さんに「ついてきて」と
言われてこの車に乗っているが、

なんで僕と由依さんは
ついていったのだろう・・・?



あ、そうだ!



理佐さんと土生さんが
不倫していないという説明を
聞くためだった。



あれっ・・・



それなら近くの
コーヒーショップとかでよくないか・・・


何でわざわざ
理佐さんの職場まで行くんだ?



今更ながら、僕はそんな事を思っていた。








僕らを乗せた車は一時間程走ると、
とある建物の駐車場に静かに停まった。


そこは、土生さんが副社長を務める
S総合リサーチだった。


僕と由依さんは戸惑いながら車を降りた。


理佐さんを見ると、
なんの躊躇いもなく建物に入っていった。


そして、振り向くと僕らを手招きした。


土生さんが、
立ち止まっていた僕らの背中を
軽くポンポンと叩いた。


それに促されるような形で歩いた。





S総合リサーチは、
さすが業界最大手という感じで
建物の外装と内装はまるでホテルだった。


床はピカピカに磨かれ、
塵一つ落ちていないように思えた。


レセプション担当は
姿勢よくピシッとスーツを
着こなしていた。


徹底した社員教育がされている
という印象を受けた。



由依さんは一時的にここで働いていたが、
僕は建物の中に入るのすら初めてだった。


だから、ただひたすら、
この場の雰囲気に圧倒されてしまった。





僕らは無言で建物内を進んだ。





エレベーターに乗るのかと思ったら、
理佐さんはエレベーターホールを
通り抜けて行った。


そして、とある扉の前で立ち止まると
インターフォンのような物を覗き込んだ。


すると、“ガシャッ” と金属音がした。


どうやらその扉の鍵は
虹彩認証で解錠するようだ。


由依さんが独り言のように、

「この扉、開くんだぁ・・・」

と言った。


滅多に開かない扉なのだろうか?





中に入ると地下へと続く階段があった。


その階段を下りると
重厚感のある空間に出た。


黒っぽい壁で覆われ
間接照明が天井を照らしていた。



理佐さんが壁の一部に手をかざすと
何やらセンサー音がして、
壁の中央部分が自動ドアのように開いた。


するとそこには、
目を見張る光景が広がっていた。



そこは例えるならば、

映画等で目にしたことのある
NASAの管制室の様な、

戦隊ヒーロー物の指令室の様な、

そんな空間だった。



理佐さんと土生さんは
その空間を平然と進んだ。


僕と由依さんはキョロキョロしながら
二人の後をついていった。



一室に案内された。


そこは、ごく普通の
会議室のような場所だった。


促されるまま椅子に腰掛けた。


理佐さんの同僚と思われる人が
コーヒーを持ってきてくれた。


僕は砂糖もミルクも全て入れて飲んだ。


ひと息つけるかと思ったけれど、
そんなの無理だった。


思考はグチャグチャ、心臓はバクバク、


正気を保つだけで精一杯だった。





理佐さんと土生さんは
僕らと向かい合わせになって座った。


僕らがコーヒーカップを置くと
理佐さんが口を開いた。





「まず始めに、
    二人に謝らなくっちゃ・・・
    いきなりこんな所に
    連れて来てしまってごめんなさい。
    ここが私の職場なの」





え・・・


理佐さん公務員じゃなかったの?





僕と由依さんはたぶん
怪訝な顔をしていたんだと思う。


それを察して理佐さんは、


「あ、一応公務員・・です」


と付け加えた。


そして、僕らの顔をじっと見た。



「これから話すこと、もしかしたら
    信じられないかもしれない。
    だけど、現実世界の話しだから」



理佐さんは研ぎ澄まされた
鋭い眼差しをしていた。


それは仕事モードに入った時の
由依さんの眼差しとどこか似ていた。


つまり、これから理佐さんがする話は、
本気ではないと語れない話しなのだと
感じた。










「ここは、記憶保安管理局。
    私はここで保安監視員の
    仕事をしているの」



理佐さんはそう言い
IDカードを僕らに見せた。


それには理佐さんの顔写真があり、
顔写真の隣には渡瀬理佐と氏名が
記されていた。


そして、氏名の下には
記憶保安管理局と
はっきり記されているのが確認できた。



まったく見たことも
聞いたこともない名称。



記憶保安管理局・・・?



公務員なんでしょ・・・どこの管轄だ?



それよりもまず、
どんな仕事をするわけ?



頭にはクエスチョンマークしか
浮かばなかった。





理佐さんは記憶保安管理局について
話を始めた。










記憶保安管理局。



それは、
人間の記憶を捕食する
メモリー・イーターと呼ばれる
地球外生物を管理するために
国が定めた極秘機関らしい。


世界各地に同じような機関が存在し
連携しているのだそうだ。



メモリー・イーターは、
人間と同じ見た目をしており、
外見だけでは判断できないという。


普段は人間と同じように
生活をしているらしい。


しかし、人間の記憶を食べないと
生命を維持していけない生物なのだ
そうだ。



メモリー・イーターは、
まず起点となる数人の記憶を
読み取るらしい。


そして、
その起点とした人の記憶に登場する
一人から三人くらいまでの人間を
ターゲットととし、
自身にしかわからない
マークを付けるという。


マークを付けられた人間の記憶は、
メモリー・イーターにより
不定期に一部分だけ
抜き取られしまうようだ。


生活に支障の出ない程度の
記憶を抜き取ることが多いらしく、
混乱が起きることは滅多にないという。


ただ、メモリー・イーターの寿命は、
長くても三十年らしく、
寿命が近づくと
捕食しきれなかった記憶を
本来の持ち主に返還するようだ。


実は、その返還が問題なのだという。


世界各国に記憶の被捕食者がいるが、
その中には、政治家、軍人、科学者、
犯罪者等々も当然ながら含まれている。


どんなに些細な記憶でも、
時としてそれが、
犯罪や暴力に繋がったり、
国際問題に発展したり、
戦争の発端になる可能性があるという。


そのような、
負のバタフライエフェクトを
生じさせないようにするために
記憶保安管理局があるという・・・










へ・・・



口が半開きになっていた。



瞬きするのも忘れていた。



口の中も、目も、
カッサカサッになった感覚だった。



由依さんを見ると珍しく
ポッカーンと口を開けていた。


土生さんはそんな僕らに
ミネラルウォーターを渡してくれた。


それで渇きを潤した。



理佐さんは淡々とメモリー・イーター
なるものの話を続けた。





メモリー・イーターは、
1960年代にアメリカで
確認されたのが始めだという。


全く凶暴性等なく、
むしろ人間より穏やかな生き物だという。


決まり事もきちんとあるらしく、
一度マークが付いた人間を
他のメモリー・イーターが
ターゲットとする事はけしてないという。


また、外見は人間そっくりだが、
歳を重ねても見た目は一切
変わらないらしい。


メモリー・イーターは、
記憶を食べること以外にも、
予知能力があったり、
瞬間移動ができるようだ。


しかし、その能力を使うと
体力の消耗が激しいらしく
多用はしないようだ・・・







はぁ・・なるほどぉ・・・





ゲームやSF映画の
キャラ解説だと思って話を聞いた。


そうでもしないと
頭がついていかなかった。


けれど、記憶を食べること以外は
無害な地球外生物だとわかると
少し安心している自分がいた。



でもどうして理佐さんは
僕らにそんな話をするんだろう?



極秘機関なんでしょ・・・



僕らに話して大丈夫なの?



理佐さんは、
僕と由依さんの様子を
何度も確認しながら話を進めた。





記憶保安管理局は、
極秘機関とはいっても
メモリー・イーターにとっての
役所みたいな役割も担っているという。


記憶保安管理局がメモリー・イーターの
捕食した記憶を把握するためには、
メモリー・イーター自身に
申告してもらうらしい。


申告方法は、インターネットか
記憶保安管理局に直接出向いてもらう
という。


申告漏れがあると処罰の対象となり
地球にいられなくなるようだ。


度重なる申告漏れで地球外追放が
決まっているメモリー・イーターは、
記憶保安管理局の人間に見つかると
逮捕されるという。


人の記憶を捕食して生きている
メモリー・イーターは
地球でしか生きられない。


他の惑星では飢えで
すぐに死んでしまうという。


つまり、地球外追放は
メモリー・イーターの死を意味する。


だから、逃げ回る者もいるのだとか・・・





理佐さんは次に、
なぜ土生さんがここにいるのか、
というを話した。



記憶保安管理局は、
S総合リサーチに一部の業務を
民間委託しているらしい。


そのため、
S総合リサーチの限られた人だけが、
その委託業務を担っているという。


だから、土生さんは
本職に影響がでない程度に
保安員をしているらしい。


しかし、なぜS総合リサーチの地下に
記憶保安管理局があるのかは、
誰もその理由を知らないという。


何十年も前に、
極秘機関が地下にあることを知らずに
その上に会社を建てたとか、

ある日突然地下にできていたとか、

S総合リサーチ自体が
元は国営の会社だったとか、


職員の間では都市伝説並の逸話が
あるそうだ。





極秘機関なのに民間委託しているとか、
以外とザックリしていて、ゆるい。

けれど、何だか妙に生々しい・・・





ん・・・・・いや・・・


だから、何でそんなに
僕らに詳しい話をするわけ・・・?





あれっ!?もしかして・・・



僕が聞く前に由依さんが聞いていた。



「兄さんと理佐がホテルにいたのって
    仕事だったの?」


「そういうこと!
    あるメモリー・イーターが
    記憶の返還をするかもしれない
    という情報が入ってね」



土生さんの話によると、
今日、あのホテルの最上階には
ロケット開発のエンジニアが
宿泊していた。


そのエンジニアの記憶を捕食した
メモリー・イーターは寿命が近く、
しかも、地球外追放が決まっていた。


ロケット開発技術は
ミサイルに応用できるため
記憶保安管理局が
メモリー・イーターに
どのような記憶を返還したのか
聞き取りを行わなければならなかった。


しかし、エンジニアの部屋の前で
運悪く鉢合わせしてしまったらしい。


それで、
あのような逃走劇になったという。



土生さんと理佐さんが
腕を組んでいたのは、
一般客を装いメモリー・イーターを
油断させるためで、

あの半透明の手錠は、
メモリー・イーターを確保するための
専用道具らしかった。



実に紛らわしい・・・



僕と由依さんは顔を見合わせた。


昼下がりの情事が
僕らの早とちりだとわかると、
少し肩の力が抜けていた。



でも、それを説明するためだけに、
わざわざ僕らをここに連れてくるか・・・?



そんな疑問を抱いた。





理佐さんは一度席を外したが、
直ぐに戻ってきた。


その手には
分厚いファイルを二つ持っていた。



彼女は席に着くとその一つを開いた。


そして、


「土生さんとの関係について、
    誤解は解けたわよね」


と聞いてきたので、
僕と由依さんは頷いた。


それを確認すると理佐さんは、



「あのね、
    これからが本題なんだけど・・・」


と言い、もう一つのファイルも開いた。


彼女の表情が、
幾分こわばっているように感じた。



「あ・・・その前に、 一度
    深呼吸しよっか、ねっ」



理佐さんはそう言うと立ち上り、
まるでジムのインストラクターのように
深呼吸をしてみせた。


意味がよくわからなかったが、
僕らも立ち上り、
彼女を真似て深呼吸をした。



心を落ち着かせる必要がある
ということだろうか・・・?





椅子に腰掛けると、
理佐さんは二つのファイルを
そっと僕らの席の前に置いた。


ひとつを由依さん、もう一つを僕に。



そして、
緊張した面持ちで
こんなことを言った。



「単刀直入に言うわね。
    由依と平手くん、
    被捕食者リストに載っているの」





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