このお話の舞台は
とある小さな探偵事務所。

だけど、これと言って
事件が起こるわけではない。

ましてや名探偵なんて登場しない。

実に穏やかだ。


ただひとつ、
その探偵事務所の調査員にとっては
難事件?といえる問題が降りかかる。


調査員は無事に解決の糸口を
見つけられるのだろうか。


はたまた迷宮入りしてしまうのか・・・























ため息をつくと幸せが逃げるって
誰が最初に言ったんだろうか。

ため息で幸せが逃げていくなら、
あくびで戻ってくるような気もする。

でも、あくびで戻ってくるのは
眠気だけだった。

まあ、あくびで幸せが戻るのなら
たぶん世界中の大多数の人間が
常にあくびをしていそうだ。

そして、どこもかしこも
キツめの香水のような
むせかえる幸せで溢れていることだろう。

それはそれでかなり滑稽だ。

もしそれが日常の光景ならば
何とも思わなくなるのだろうか・・・・・





そんなどうしようもない事が
頭に浮かんだ。










ああ、眠い・・・・・



僕はまたも
あくびをしていた。






今日は朝から曇天だ。

分厚い雲が空を占拠していて 
太陽が顔を覗かせる気配はない。

僕は椅子の背もたれに背中を預け
だらしなく座っていた。 


あくびをした後に
口をぽかんと開けている事に気がついた。

たぶん、その口から生気が漏れ出している
かのような顔をしていたに違いない。

やる気の欠片もなかった。


事務所内の空気も 
今日の空に負けず劣らず
灰色にくすんでいた。



 
僕が調査員として勤めている 
K探偵事務所は、 
所長を“含め”調査員二人・・・・・
 
つまりは、
所長と僕だけの小さな探偵事務所だ。

それでも、まぁ何とかやっている。

自分で言うのもなんだが、
僕はそこそこ優秀な調査員だと
思っている。

あくまでも自己評価だけど・・・

僕がそこそこなら、
所長は超一流って事になる。

とりあえずそういう事にしておこう。



実はここのところ 
大口の依頼が全くと言っていい程ない。

最近の依頼と言えば、 

迷い猫の捜索とか、 

迷い犬の捜索とか、 

迷いイグアナの捜索とか・・・・・ 


つまりは、 
迷子になったであろう
ペットの捜索依頼ばかりだった。

所長は満面の営業スマイルで 
そういう依頼もさらっと引き受けている。 

まあそれが仕事だし、 
依頼があるだけ有り難いのは確かだ。

だけど、
依頼人が事務所の外へ一歩出ると
所長の顔はいつも引きつっていた。

そして、ついには
事務所の小さな看板に、
“ペット捜索専門”という一文を
加えようかと所長が言い出した。 


正直、冷や汗が出た。

そして、それはやめて欲しいと懇願した。


ペット捜索は重労働で、
捜索範囲をある程度絞っても
かなり歩き回らなきゃならない。

毎度へとへとになる。

それにそこまでペット捜索に
長けているわけではない。

あと、爬虫類は実のところ
勘弁してほしい。

犬や猫は見分けがつくからまだいい。

だけれど、生まれてこの方
爬虫類を愛でたことがないからか
どうも見分けがつかない。

それに愛着もあまり湧かない・・・


いや、全然湧かない。


その事を正直に所長に話すと
所長は「冗談だから」と
笑いながら言った。

でも、そんなやり取りを
週一回のペースで繰り返すと
さすがに冗談には聞こえなくなっていた。



まだかろうじて 事務所の看板には
その一文は加えられていない。

けれど、 
それは時間の問題かもしれない。

もう4、5件ペット捜索が続けば 
ウチはもう完璧にペット捜索専門の
探偵事務所になってしまうだろう。 


何だかお先真っ暗とまでは
行かなくても、
明らかにこの先が
淀んでいるように見えた。 


本当に何処までも灰色・・・・・


コンクリート打ちっぱなしの
事務所内の壁を見ながらだから
余計にそう思うのだろうか。


見透しの効かない白っぽい灰色を
見つめながら僕はあくびを噛み殺した。



所長はというと、
さっきからため息ばかりついている。

マグカップにインスタントコーヒーを
入れお湯を注ぐと
席に戻りまたも軽くため息をついた。



「幸せ逃げますよ」

僕が力なくそう言うと、


「平手~、
    アンタに言われたくないわよ」

と所長も力なく返した。


外から見たら全くと言っていいほど
覇気の無い職場に見えるだろう。


さっきから“所長”と言っているが、
依頼人がいない時は
由依さんと呼んでいる。

年上の頼れる姐さんで
由依さんが小学生、
僕が幼稚園児の頃からの付き合いだ。

一緒にいると楽で、
気が付くといつも側にいる。

幼馴染みと言うと聞こえはいいけれど、
僕らは腐れ縁だと思っている。


互いが小学生くらいまではよかった。

何の問題もなかった。

けれど、中学、高校、大学と
年頃になると周囲から
あれやこれやと詮索された。

つまりは、
“お前ら付き合ってるの?”
というアレだ。

その度に否定してきた。

その否定はいつしか定型文のように
脳にインプットされていて、
付き合ってるのかと聞かれる度に
その定型文を引っ張り出している
自分がいた。

たが否定しても
信じてもらえなかった。


スムーズな否定は
何故か打ち合わせ済みの
演技だと思われ誤解された。

しかも、どういうわけか
進学先がいつも同じだった。

端から見たら
僕が由依さんを追い掛けているように
見えたかもしれない。


本当に偶然だった。


これだけは
はっきり言っておく。

僕らが男女の関係になった事は
今の今まで一度もない。本当だ。


周りがいつも勝手に勘違いをする。

そのせいで僕は
お付き合いする度に彼女から
由依さんとの関係を疑われた。

疑われる度にその都度
「幼馴染みというだけたから」
と言うのだけど、
この言葉の効力は弱かった。

どうやら僕と由依さんの距離が
近すぎるらしい。

僕は僕なりに由依さんとの適度な距離を
保とうと努力はした。

でもその距離とは、心の距離だった。


正直どうしたらいいかわからなかった。


そして、しまいには
「二股野郎」と罵声を浴びせられ
こっぴどく振られた。


そんな事がかれこれ2、3回・・・

いや・・・4、5回はあった。


由依さんもこれと似たような経験を
しているようで・・・・・



それでも一緒にいる僕らって
どうなのだろう・・・・・?

近頃、しばしばそう思うことがある。


だけど、幼い頃からのこの関係を
どこか心地よく感じているのも
確かだった。


一緒にいると楽・・・・・


本当は一緒にいるべきでは
ないのかもしれない。

僕がいつも由依さんの近くに居ることで
彼女から幸せが逃げているのではないか
と思うことがある。

でもこの事を
面と向かって言ったことはない。





由依さんがまたため息をついた。



もしこの関係が切れたなら
彼女のため息の数は減るのだろうか?



由依さんの憂いを含んだ
綺麗な横顔をチラリと見ながら
僕はそんな事を思っていた。





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