日はもうとっくに傾いた。


空は深く濃い藍色に包まれ、
淡く朧気な月が雲の隙間から
顔を覗かせている。


あの雲が退いたら
輪郭のはっきりとした
月が見えるのだろう。



僕の席からは
ビルの隙間の空がよく見える。


街並みもそこそこ見渡せる。



多くの人は
月など目にも留めず歩いている。


所狭しと建ち並ぶ建物の照明の方が
よほど明るかった。



信号待ちをしている人の中には
時折空を見上げる人がいる。


月を見ているのかはわからない。


だけど、
そういう人を見掛けると
どこか安心している自分に気が付く。





昔、旅人は北極星を目印にして
進路を定めていた。


方角を見失うことは命取りだった。



僕は、満月を目印に
彼女を見失わないようにしている。


そうじゃないと、
彼女が儚く消えてしまいそうな
そんな気がした。



彼女は今、
一緒に暮らしているマンションで
あの月を見ながら僕を待っている。



早く帰りたい・・・・・










僕は、とあるホテルのカフェに
来ている。


仕事の打ち合わせの為、
担当編集者がこのカフェを
指定してきた。


今は打ち合わせの真っ最中だ。



実は僕、打ち合わせが苦手だ。



んー・・・ 


打ち合わせが苦手というのは
語弊があった・・・


正確にいうと、
打ち合わせの"後"が苦手だ。



担当編集者はいつも
打ち合わせ終了間際に、


「この後、
 一杯やりましょう」


と誘ってくる。


僕はその誘いを上手く断れない。


家では彼女が待っているのに、
断れない。


彼女と一緒にいたいのに
断れない。



普段僕は自宅で仕事をしている。


だから、たまに外出すると、


「外で羽を伸ばしてきたら」


と彼女は言ってくれる。


だけど、
僕としては彼女といたい。


彼女は僕を気遣って
そういう言葉を掛けてくれる。


でも、内心は寂しいんだと思う。


言葉にしていないだけ・・・



僕がマンションに帰ると、
彼女はベッドの上で小さくなり
眠っている。


その姿はまるで
寂しさのあまり クゥン クゥン と
鳴き疲れて眠ってしまった
子犬のようだった。


そして、
その時の寝顔は
いつもどこか悲しそうで、


僕はそんな彼女の寝顔を見る度に
眠っている彼女に謝っていた・・・・・





がしかし、

今日も断れなかった。



結局、編集者の
「打ち合わせ=飲み」という
行動様式に飲み込まれてしまった。


正直、自分が情けないと感じた。



言い訳になってしまうけれど、
飲みに行っても、その日のうちには
ちゃんと帰っている。


深酒はしないし、
終電よりも何本も前の電車に
乗っている。



だけど、帰ると彼女は
先に眠ってしまっている。


そりゃ、
彼女だってバリバリ仕事を
しているから疲れているのはわかる。


だから、
無理に起きて待ってて欲しい、
なんて言えない。



つまりは、僕次第・・・・・



今日こそ
彼女が起きている時間に帰りたい。





そんなもどかしい思いを抱え
僕はカフェを後にした。










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後編へつづく


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