[Re:水曜日、午後5時00分]


あんなに屋外で遊んだのは
久しぶりだった。

寮に帰ってくると、
日焼けをして顔が赤くなっていた。



僕達は荷物を置くと
井戸を確認しに行った。



一度目の水曜日では、
午後から雨が降り、
瞬間的に豪雨になった。

そして、午後3時00分には、
井戸にあの不思議な落雷があった。


だけど、
今日、二度目の水曜日は、

どうやら雨は
一滴も降っていないみたいだ。


水溜まりはどこにもできていない。

井戸周辺の下草は
カラカラに乾いていた。


そして、
井戸はしっかり蓋がされていた。


落雷は無かったようだ。



僕は、少しだけ寂しさを感じていた。



やっぱり、あの3日間は
特別すぎるくらい特別な、
非日常だったみたいだ。










井戸の蓋で羽を休めていた蜻蛉が
再び空へと飛んだ。



暦の上では、すでに秋。



空が以前より少しだけ
高くなっているように感じた。






僕の十代最後の夏は
こうして過ぎて行った。





[Re:水曜日、午後6時30分]


洗濯室に行き、
今日海に着て行った服を
洗濯機に入れ、
洗剤と柔軟剤をセットすると
スイッチを押した。

ついさっき
シャワーを浴びたから
磯の匂いは取れた。

だけど、日焼けで
肌が少しヒリヒリして痛かった。

今は、保冷剤を
タオルに包んで頬に当てている。



洗濯室に長濱さんが来た。


彼女は、
僕の赤くなった顔を見て笑った。


「日焼け止め、
 ちゃんと塗らなきゃダメだよ」

「そうですね、
 今度から気をつけます」


僕は頭を掻きながらそう答えた。



ふと、洗濯室の奥の方に目をやると、
見慣れない物があった。



草履だった。



どうやら、てちさんは、
忘れ物をしていったらしい。


すると、長濱さんが
思い出したように言った。


「ねえ、平手くん・・・
 わたし、あの時は
 気が付かなかったんだけど、
 てちさん、もしかしたら・・・・・」















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九州にある、とある郷土資料館の
学芸員達は首を傾げていた。





昨年、関東にある三角大学という
有名大学で貴重な文献が発見された。


太平洋戦争の戦禍で
ほとんど焼失したと思われていた
欅坂藩という小藩にまつわる文献が
匿名で大量に寄贈されたのだ。

その文献には、
現在、長崎銘菓として有名な
ひらがな堂のカステラを
明治の世に広めた
株式会社平仮名屋の初代社長が
関係していた。


なんと、平仮名屋の初代社長
濱長 輝知之助
(はまなが てちのすけ)と、

欅坂藩16代藩主の嫡男、
照日 成諭(てらひ なりゆ)が
同一人物だということが
わかったのだ。


照日成諭の側近であった
友逗洲 多聞(ともずす たもん)
が書き残した日記により
そのことが判明した。



資料館の目玉企画に
毎度、頭を悩ませていた
学芸員達はその一報を聞き喜んだ。


地方新聞やローカルテレビでも、
欅坂藩と平仮名屋の繋がりが
大々的に報じられた。


一部の歴史マニアの間でも
そのことは話題になり、
郷土資料館への問い合わせも
増えていた。

観光客の増加も見込めそうだ。


欅坂藩研究の第一人者である
三角大学の菅井教授と
助手の守屋さんも
企画に協力してくれる事になり
資料館は活気づいていた。


それに、数ヶ月前
平仮名屋の倉から
開かず金庫が見つかった。

その金庫自体が年代物の
舶来品だった為、
資料館に寄贈された。


鍵師を呼び開けてもらうと
金品こそ出てこなかったものの、
和紙に丁寧に包まれ、
麻の紐でしっかりと結ばれた
"何か"が入っていた。





そして、今、
その"何か"を開け、
学芸員達は首を傾げていた。





紐を解き、包みを開けていくと
二重になっていたようで、
またも丁寧に包まれていた。



その和紙には、


(大切な仲間からの戴き物)


と書かれており、
よほど大事にしていた物のようだった。



慎重に包みを開くと、

そこには、
現代の物に見える

薄紫色のシュシュと、
緑色のビーチサンダルが入っていた。










ーーーーーーーおしまいーーーーーーー



「殿様Flash!」
お読み下さりありがとうございました。



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