[水曜日、午後2時40分]
寮の中に戻ると
てちさんには急いで
着替えをしてもらった。
やはり彼には着物の方が
似合っていた。
背筋がシャンと伸び、
浅緑色の涼しげな着物を
ビシッと着こなす姿が
かっこ良かった。
てちさんに出会った日、
僕達は彼の汚れた着物を
どうやって洗えばいいか
わからなかった。
とりあえず洋服を洗うのと
同じように、
洗濯ネットに入れて
洗濯機で洗ってみた。
自然乾燥させると、
所々シワがよっていた。
今日の午前中に
アイロン掛けをして
なんとか体裁を整えた。
だから、着物からは
ほのかに柔軟材の香りがしていた。
てちさんは
その香りを"異国の香り"と呼び
匂い袋を纏っている様だと
面白がった。
[水曜日、午後2時50分]
着替えが済んだてちさんは
玄関ホールで、
僕達一人一人とハグをした。
力強いハグだった。
だけど、どこか優しく
彼の実直な人柄が現れている様な
そんなハグだった。
子供の頃から
送迎会は幾度も経験しているけど、
こんなに名残惜しいと感じたのは
初めてだった。
てちさんは
何度も感謝の言葉を口にした。
その感謝の言葉は
僕にも向けられていて、
感極まりそうになってしまった。
僕は涙を堪えながら
てちさんとハグをした。
そうすると、
てちさんは僕の耳元で、
「平手殿、
思っているだけでは
伝わらぬこともあるぞ。
ねる殿を好いているなら、
好いていると、
しっかり伝えなければ
ワタシが報われぬ」
と小声で少し笑いながら言った。
てちさんには
どうやらその辺のことは
すべてお見通しだったらしい・・・
耳が、カァーっと
熱くなっていくのを感じた。
僕が深く頷くと、
てちさんは一発おもいっきり
僕の肩を叩いて、
ニコリと白い歯を見せて笑った。
そこへ鈴本さんが息を切らして
駆け込んできた。
[水曜日、午後2時55分]
「よかったぁ~!
間に合ったぁ~!!」
鈴本さんはそう言って
てちさんと本日二度目のハグを
交わした。
外では雨が本降りになり
屋根に打ちつける雨音が
次第に大きくなってきた。
玄関近くの窓からは
稲光が見えた。
そろそろだ。
ストップウォッチで
カウントしていた織田先輩が、
「落雷まで、あと3分!」と言った。
その掛け声と共に、
僕達は全員で外に駆け出した。
[水曜日、午後2時57分]
外に出た途端、
雨は小止みになった。
しかし雷鳴は、
猛獣の唸り声の様な音を立て、
鳴り止む気配はなかった。
今はそれでいい。
不格好な避雷針は、
真っ直ぐ空に向かって
しっかりと立っていた。
僕達は落雷を考え、
木の下を避け、
寮の側面の壁伝いに一列に並んだ。
少し離れた場所にある井戸では、
てちさんが井戸の縁に
手を掛けた。
てちさんは、
とても引き締まった真剣な表情で
井戸の中を覗き込んでいた。
鼓動が早くなり、
汗が額から首筋へと
伝っていくのを感じ取れた。
[水曜日、午後2時59分20秒]
織田先輩が、
午後2時59分50秒になったら
カウントを始め、
57秒になったら手を挙げて、
てちさんに合図を送る。
その合図で
てちさんは井戸に飛び込むことに
なっている。
てちさんは僕達の方を向き
子供のように笑ってみせた。
僕は渾身の笑顔を作ったけど、
ただただ祈ることしかできなかった。
[水曜日、午後2時59分50秒]
カウントが始まった。
「十、 九、 八、 七、
六、 五、 四、 三・・・」
午後3時00分00秒の3秒前、
午後2時59分57秒、
織田先輩が手を挙げると、
てちさんは大きく手を振った。
そして、
「さらばじゃ」
と言い微笑みながら
井戸に飛び込んだ・・・・・・・・・・
僕は息を飲んだ。
次の瞬間、
金、銀、白が混ざった様な
強烈な閃光が走り、
見たことがないような、
幻想的で美しい煌めきが
井戸を包んだ。
その光はどんどん強くなり、
目を開けていられないほどの
眩しさだった。
そして、すぐさま
恐ろしげな重低音がし、
地面が少し揺れたかと思ったら、
それは瞬時に
大音量の爆発音に変わった・・・・・
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