[水曜日、午前7時00分]
今日も猛暑日になるらしい。
外ではすでに
蝉が威勢良く鳴いている。
今朝は寮にいる7人全員で
ラジオ体操をした。
なんだか小学生の時の夏休み
のようだった。
みんなもそう思ったみたいで、
志田先輩が、
「スタンプカードがあれば
もっとそれっぽかったのになぁ」
と言うと、
織田先輩が、
「おっ、スタンプなら
俺が押してやるぞ」
と話に乗っていた。
てちさんにとっては
昨日が初ラジオ体操だったわけで、
今日もやるとわかっていたら
スタンプカードを手作りしても
よかったのかもしれない。
今更ながらそんなことを思った。
みんなそれぞれ
てちさんと別れる寂しさを
感じているようだった。
だけど、それを表情には
出さないようにしていた。
てちさんは人生2度目になる
ラジオ体操を終えた。
今日も第二体操までこなした。
そして、僕達は今、
昨日と同じように
みんなで朝食の準備をしている。
朝食に何か食べたい物はあるか
と、てちさんに聞くと、
洋風のたまご料理を希望した。
それならばと
僕達は、夏野菜を使った
オムレツ風の卵焼きを作った。
その卵焼きは切り分けると
断面が鮮やかで、
みんなして歓声を上げた。
あとは、昨日鈴本さんが
焼いておいてくれた塩鮭を
レンジで温め直し、
ワカメと豆腐の入った
シンプルな味噌汁を作った。
てちさんには炊飯器から
ご飯をよそってもらった。
昨日もやってもらったから、
炊飯器の開け方も、
ご飯のよそい方も、
もう慣れたものだった。
だけど、
「火を使わずに飯が炊けるとは
実に驚きである」
と、昨日と同じ様なことを言い
炊飯器をまじまじと見ていた。
この時代に馴染んでいるように
見えても、
現代の文明の利器には、
未だ驚きが隠せないようだ。
瞬き一つせずに炊飯器を見て、
その中で炊きあがったご飯を
不思議そうに、
楽しそうによそっていた。
朝食の準備が出来ると
目を輝かせ嬉しそうな笑顔をみせた。
てちさんは本当に素直な人だ。
そんなてちさんと一緒にいれるのも
残り数時間。
外はカンカン照り。
素人感覚では、
今のところ雷が鳴る気配など
微塵も感じない。
駄菓子屋子猫屋の
人間と猫の予言者(?)
桜さんとクロが言っていたことは
本当なのだろうか。
朝食を食べながら
食堂にあるテレビをつけて
天気予報を見た。
雷注意報すら出ていなかった。
僕達は、今日の午後3時に
起こるであろう不思議な落雷で、
てちさんが元いた時代に戻れる
ことを前提に過ごしている。
なんだかんだで、
桜さんとクロの予言めいた
雷予報に頼らざるを得なかった。
そういったわけで、
不思議な雷は起こりませんでした、
てちさんは帰れませんでした、
と、いった場合のことは
まだ何も考えていない状態で、
午後3時以降は
全くのノープランだ。
今は、
もし戻れても
誰が井戸からてちさんを
救出してくれるのか、
運良く救出されても、
てちさんの暗殺を企てた家老が
執拗に狙ってくるのではないか。
そんなことばかり考えて
心配していた。
「やはり汁は温かいものに限るな。
実にうまい」
当のてちさんは、
エアコンの効いた食堂で
温かい味噌汁を
美味しそうに飲んでいる。
無事に帰れて藩邸に戻ったら
気の毒だけど、また以前のように
冷めた食事を食べることに
なるのだろう。
てちさん自身、
今後温かい食事はあまり口に出来ない
と思っているのかもしれない。
そんな素振りは見せないけど
美味しそうに味噌汁を飲む顔を
見ていると、
なんとなくそんな感じがした。
それに時折、
お椀や茶碗を両手で持ち
出来立ての温かさを
感じている様にも見えた。
昨日までは、そういった光景も
なんか可愛げのある人だな、
くらいにしか思わなかった。
今朝は、
てちさんの仕草一つ一つが
なんだかとても尊く感じた。
てちさんは朝食を綺麗に平らげると
満足した表情で微笑んだ。
この清々しい笑顔が見られるのも
あと数時間。
みんなで片付けをしていたら
鈴本さんがやって来た。
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