[火曜日、午後8時30分]
てちさん人生初の洋食体験は
大成功だった。
終始ご満悦の様子で、
「うまい!」「美味である!」
を連発していて
鈴本さんは照れまくりだった。
正直、本格フレンチとか
本格イタリアンとかは
よくわからない。
だけど、鈴本さんの料理は、
そういうのに負けないくらい
美味しいと僕は思う。
その気持ちはみんなも同じの様で、
あれだけあった料理を僕達は
ぺろりと平らげてしまった。
あんなに暑さで茹だっていたのに、
それが嘘みたいな食欲だった。
鈴本さんの料理が美味しすぎるのと、
みんなでわいわい楽しく食べるのが
食欲増進の一因だと思うけど、
それにしても綺麗に食べたもんだ。
我ながら感心してしまった。
とりあえずあの食欲で、
誰も夏バテはしていない事が
見事に証明された。
[火曜日、午後9時00分]
全員で食後の片付け終えると
食堂の時計の短針と長針が
ちょうど9時を示していた。
それを確認したのとほぼ同時に、
玄関チャイムが鳴った。
みんなで玄関ホールまで行くと
駄菓子屋子猫屋の主であるお婆さん、
桜さんが黒猫を抱いて立っていた。
桜さんは、ショートカットの綺麗な
グレーヘアをしていて、
首元にさりげなく巻かれた
深紅のスカーフが栄えていた。
黒猫も桜さんとお揃いみたいに
銀の鈴が付いた赤い首輪をしていた。
今まで駄菓子屋に行った時は
桜さんをあまり
見ていなかったのだろう。
見た目も仕草も上品な方だと感じた。
桜さんは、僕達を見ると
「こんばんは、
急にごめんなさいね」
と、やわらかく微笑んで言った。
黒猫も桜さんの言葉に続くように
"ニャ~"
と鳴いて挨拶したのだが・・・・・
その "ニャ~" が、僕には
"こんばんは" と聞こえた。
え・・・・・
空耳だろうか・・・・・
(いい匂いがするな、何食べたんだ?)
ええっ・・・
空耳ではないようだ。
明らかに猫がしゃべっている。
あっ・・・目が合った・・・・・
そんなガラス玉みたいな
つぶらな瞳で見ないでくれ。
触りたくなるじゃないか・・・
みんなには
聞こえていないのだろうか?
と、不思議体験に戸惑っていると
僕の右隣にいた鈴本さんが、
「なあ・・・俺、
耳おかしくなったかな・・・
猫が・・しゃべってるんだけど・・・」
「えっ、鈴本さんも
聞こえるんですかっ!?」
「平手も聞こえるのか」
「はい・・・・・聞こえます」
すると今度は
僕の左隣にいた長濱さんが、
「わたしも聞こえたんだけど・・・
"こんばんは"って言った後に
"いい匂いがする、何食べた"って
言ったよね・・・・・」
「はい、そう聞こえました・・・」
僕と鈴本さん、そして長濱さんは
その場で固まってしまった。
僕ら三人の会話に
他の人は気が付いているみたいで、
「えっ、
猫の言葉がわかるってマジ!?
すげ~」
「えーいいなぁ、
私はニャーとしか聞こえなかったぁ。
どんな声?」
「私も。ちょっと残念。
でも三人も猫の言葉がわかるって
なんかスゴくない」
「異国には、
猫の言葉がわかる者がおるのかぁ、
本当に面白い!」
「今回の件と関係あるのかぁ・・・?」
昨日の事でみんな感覚が
麻痺してしまったのだろうか?
猫の言葉がわかる事くらいで
ビックリ仰天はしないみたいだ。
猫の言葉が聞こえる側からすると
思いの外ドライな反応で
気が楽になった。
桜さんは僕らを見ると明るい笑顔で、
「あら、三人も聞こえる人がいるのね。
聞こえるってことは
この子と会話が出来るってことよ!
だったら話が早いわ。
あっ、この子の名前は
クロって言うの、男の子よ」
と何だか嬉しそうに言った。
玄関ホールで立ったままだったことに
気が付いて、
僕達は慌てて桜さんと黒猫のクロに
食堂に入ってもらった。
桜さんには麦茶を出した。
黒猫に何か飲むか、と尋ねると
(水をくれ)
と、言ったので
使っていない小さめの皿を洗って
それに水を入れて出した。
そうすると、
(ありがとう、
それにしても今日も暑いな)
と黒猫が言った。
「そうだね、全身毛だと
この暑さ余計に大変でしょ」
と聞いてみた。
すると黒猫は、
(暑いけど、ボクから言わせたら
服を着なきゃいけない人間の方が
大変に見える)
と、澄まし顔で答えた。
ははっ、
種の違う生き物と衣服?の
話をする日が来るとは思わなかった。
桜さんは一息付くと話を始めた。
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