[火曜日、午後5時45分]


てちさんは、
半分寝ぼけた様な顔で起きてきた。

嫌でも鏡を見せられている
気分だった。

僕の寝起きも、
ああいう顔をしているのだろうか。

少し幼い子供の様に見えた。



てちさんに夕食後に
来客があることを伝えると
涼しい顔で、

「あいわかった」と答えた。



みんな午後9時の来客に
少々そわそわしていたけど、
今はてちさんの初めての洋食体験を
成功させようと
気持ちを切り替えていた。





食堂の台所からは、
すでに美味しそうな匂いがしていた。


鈴本さんは、
桜さんへの連絡を終えると
すぐさま調理に取り掛かった。

あまりの手際の良さに、
僕らがいると
かえって邪魔になるのではと思い、
テーブルコーディネートに
徹することにした。



てちさんは、

「おお、これが異国の料理番かぁ」

と鈴本さんの手際の良さに
関心しきりだった。

だけど、どこか鈴本さんと
友逗洲多聞(ともずすたもん)さんを
重ね合わせているようだった。


鈴本さんをチラチラ見ては
友逗洲さんの安否を
気に掛けているように見えた。

やはり自分の国(元いた時代)に
帰りたいのだろう。

言葉で伝えなくても
本心は行動に出てしまうようだ。





食堂にある備え付け棚の引き出しには
テーブルクロスが入っていた。

折角なので引っ張り出して
使うことにした。


滅多に使用しないテーブルクロスには
折りジワがくっきりとついていた。

霧吹きで湿らし、
シワが目立たなくなるまでアイロンを
あてて、なんとか体裁を取り繕った。

テーブルクロスは、
元の色は赤だったのかもしれないが、
色が褪めていて、
薄い朱色ともオレンジとも
いえない色になっていた。

きっとこの欅寮が
まだ女子寮だった頃に
使われていた物なのだろう。



テーブルクロスをセットすると、
フォーク、スプーン、ナイフを
置いていった。


テーブルセッティングとか
テーブルマナーはよくわからないから、
僕らは肩肘張らない洋食屋さん
みたいな雰囲気にセットしてみた。


女性陣から"可愛い"という言葉を
もらったので、
たぶん間違ったチョイスは
していないはずだ。

てちさんの目も心なしか
輝いている様に見えた。

たぶんコーディネートにではなく、
フォークやスプーンといった
食器にときめいているのだろう。 


僕自身も、小さい頃に
ファミレスとは少し違う
洋食屋さんに行った時の
ワクワク感を思い出した。

てちさんを見ているだけで
僕は色々なことを
思い出している事に気が付いた。


この出会い、
実は必然なのだろうか?

それとも唯の偶然だろうか?


江戸時代の人物に
偶然遭遇するというだけで
かなり特別な体験なのだろうけど。



そんなことをボケ~っと
考えていたら、
台所の換気扇が止まる音がして、
鈴本さんの


「出来たぞ~!」


という声と共に、
美味しそうな湯気と匂いが漂ってきた。





[火曜日、午後7時10分]


出来た料理をテーブルに並べた。


ハンバーグに
オニオングラタンスープ、
夏野菜をたっぷり使ったサラダ、
白身魚のカルパッチョ、
ラザニア、ナポリタン、
食べやすいサイズに切り分けられた
バゲット等々。


とにかく鈴本さんが、
これでもかっ!というくらい、
腕によりを掛けてくれたのがわかる
料理の数々だった。



「本当は土田さんがいてくれたら
 もっと本格的な洋食が
 作れたんだけどなぁ・・・」


と鈴本さんが頭を掻きながら言った。


土田さんとは、
この欅寮の管理人さん兼
食堂のおじさんだ。

気さくな方で、
学生を信用してくれており、
あまり口うるさく言う人ではない。

温かい目で僕ら学生を
見守ってくれているのだが、

放任主義なのか
大学が休みの時期は基本、
寮にはいない。

本業である喫茶店のマスター業に
精を出しているらしい。


「土田さんの料理は
 勿論おいしいですけど、
 鈴本さんの料理も
 すっごいおいしいですよ」

「照れるなぁ~、ありがとっ(笑)。
 いや~でも土田さんって
 凄い人なんだ。
 元は有名ホテルの
 料理長だったんだよ」

「えっ、そうなんですか、
 初めて知りました」


どうやら僕とてちさん以外全員
その事を知っているみたいだ。



「噂では、元料理長で
 その前は刑事だったらしいよ。
 喫茶店の名前も
 ポリスっていうんだって(笑)」


何なんだ!?その経歴・・・・・


「ナポリタンがおいしいって 
 雑誌とかで取り上げられたことが
 あるくらい有名な店」

「へぇ~、なんか初めて聞くこと
 ばかっりです」

「このナポリタンは
 土田さん直伝だから
 喫茶店の味のはず(笑)
 まあ、冷めないうちに食べよう」

「来客前の腹ごしらえ~(笑)」





てちさんに真ん中の席に座ってもらい
僕達は食事を始めた。



午後9時まで、2時間を切っていた。





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