[火曜日、午前6時30分]


カーテンの隙間から射し込む陽が
眩しくて目を覚ました。


目覚まし時計を確認した。



今は夏休みだ。もう少し寝るか・・・



と思ったのも束の間、

すぐに目が冴え
昨日の出来事を思い出した。


慌ててベッドの下を覗くと
布団がきれいに畳まれていた。

寝間着として献上した
ゆるゆるのTシャツと短パンも
これまたきれいに畳まれていた。


緑色のビーチサンダルも献上し
部屋の入り口に置いたのだけど
それがなかった。



ヤバい・・・



外に出て行ったら大変だ!?

即、交通事故に巻き込まれてしまう。



僕は急いで着替えて部屋を出た。



忙しなく階段を下りていると
ラジオ体操の音楽が聞こえた。


玄関ホールを覗き込むと
織田先輩と殿様が
ラジオ体操をしていた。


殿様は、僕が献上した
Tシャツとハーフパンツを着て、
緑色のビーチサンダルを履いていた。

そして、
昨日長濱さんからもらった
薄紫色のシュシュで髪を結い上げ、

見様見真似でラジオ体操をしていた。


それでも、
それなりに形になっていた。
飲み込みが早いのだろう。

第二体操までやり切ると
満足した表情を浮かべていた。


織田先輩は僕を手招きすると言った。


「いなくて心配しただろ。
 大丈夫だ、殿様は
 勝手に出て行く様な人じゃない。
 お武家様だ、
 きっと一宿一飯の恩義とか何とか
 改まった言い方すると思うぞ(笑)」


先輩の言葉にはどこか説得力があった。


そうだよな、
義理堅く素直すぎる人だ。

黙っていなくなる様な真似は
しないだろう。



他のみんなも殿様の事が気懸かりで
いつもより早く起きてきた。





[火曜日、午前7時00分]


みんなで朝食の準備をした。

もちろん殿様も一緒に。


殿様は郷に入っては郷に従えを
実践できるタイプの人間なのだろう。

すでに寮に馴染んでいる様に見える。



湯気の立っている朝食を
目の前にすると、
殿様は目を輝かせた。

昨日もそうだったけど
育ちが良いからだろうか、
食べ方がとにかくきれいだった。

こうも優雅に上品に
卵焼きを食べる人を初めて見た。


また、殿様は僕と同じで
どうやらお味噌汁が好きらしい。


「この汁はうまい。うまいなぁ~」


と大絶賛していた。


でも今日お味噌汁を担当したのは
女性陣3人だった。

もしや殿様は
生まれながらの女たらしなのでは、
と疑ってしまった。


女性陣は昨日から多少なりとも
この殿様に
ハートを掴まれているようだ。

なんとなく乙女の顔をしている。

志田先輩も織田先輩も
それに気が付いたみたいで
少々眉間にシワが寄っていた。

たぶん僕も・・・。





[火曜日、午前8時10分]


片付けが済むと全員で今日の予定を
話し合った。


「午前中に大学の図書館にある
 欅坂藩の資料を 
 片っ端から集めてみようと
 思うんだけど、どうかな?」

「それいいと思う。
 何か戻れる手掛かりが見つかる
 かもしれないし」

「俺は井戸を調べてみるかな。
 あそこから来た訳だし」

「じゃあ図書館に行く人と
 寮に残って井戸を調べる人に
 分かれようか」

「それがいいですね。
 僕は殿様と一緒に行動したほうが
 良さそうなので、
 残って志田先輩と井戸を調べます。
 殿様、それでいいですか?」

「うむ、わかった」

「私は図書館に行く。
 菅井教授がいたら、教授にも
 見つかった文献のこと聞いてみる」

「よし、じゃあそれで決まり。
 昼の12時に一旦
 寮の食堂に集合しよう」



大学図書館に行くのは
織田先輩、小林さん、
長濱さん、渡邉さんの4人。

寮に残り井戸を調べるのは
僕、志田先輩、
そして殿様の3人に決まった。



役割分担が決まると、
殿様が一つ提案してきた。

それは自らの呼び方の事だった。


「お主達はワタシの家臣ではない。
 ワタシを"殿"と呼ばずともよい。
 異国に来てまで"殿"では
 少々肩が凝る」

「じゃあなんて呼べばいいですか」

「ん~、お主達で決め手よいぞ」

「えっ、いいんですか」

「かまわぬ」



僕達は悩んだ末、殿様の幼名、
輝知之進(てちのしん)から
2文字取って、
"てち"さん、と呼ぶことにした。


僕の小さい頃の愛称が"てち"だった。

一部の同級生からは高校生の頃まで
"てち"と呼ばれていた。

そのことを知っている
志田先輩と織田先輩は、
少し笑いを堪えていた。



殿様は「てちさん」と呼ばれると
少しはにかんだ。


てちさん、と呼ぶ代わりに
僕達も名前の呼び方について
一つ提案した。

それは、女性の名前の前に
"お"は要らないということだ。


てちさんはそれを受け入れた。

だけど何故か全員に
"殿"をつけて呼び出した。

織田殿、志田殿、由依殿、理佐殿、
ねる殿、平手殿・・・・・・


もう、まるで時代劇。


自分が"殿"と呼ばれなくなった
余剰分を
そっくりそのまま
僕達に譲ってくれたみたいだ。


てちさんの悪戯っぽい笑顔は
どこか自分を見ているようで
不思議だった。





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