絵を描くのもギター弾くのも上手い人が言ってた言葉で、
「絵を描くのとギター弾くのは同じ事」ってのが、とても印象に残っています。

脳の作り的にとっつきやすいとっつきにくいとか、物理的なテクニックとしての違いはありますが、ぶつかる壁とか、上達のプロセスとか、生み出される喜びなんかは、殆ど同じだよなと思います。

仕事とかコミュニケーションとかも、本質的なところは同じもので構成されてるんじゃないかな、と。

なんでもそつなくこなせちゃう人は、そういう共通点を見つけて生活全部に活かせる人なのかもしれないですね。


一つを極めて他に全く活かさない人も世の中にはいますけどね。


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人の欠点を見て、それを治せと言い続ける。

人の長所を見ずに、伸ばせと言わない。


それで人が育つとでも。


個性を尊重するといいながら、

個性を殺す。


いつまでそんな事繰り返すんですか。


人を、もっとよく見ようよ。


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感謝に満ち溢れた状態が幸せというものなのかな、などと私は考えています。

感謝すべき事は既に世の中に満ちあふれているのですが、

どういう訳かそれに感謝しなくなってしまう。失うまでありがたい事に気づけない。
全ての物事は感謝に値する事だけれど人間の感性はそれら全てを「当たり前」にしてしまう。

健康でいられる事、好きな事をしていられる事、愛する人と一緒にいられる事。

それさえも、時の流れと共に当たり前に感じるようになって、ありがたみを忘れてしまう。酷く恐ろしい事に。

当たり前で満ち溢れた世界。
沢山の人が、そんな停滞し衰退する世界の中を生きている。

物事のありがたみを忘れず感謝を、感じ続けていられる感性を持つ。
当たり前の事なんて、無いって気づいていられるように。

停滞していては、きっとそんな感性は得られない。


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