2010年10月5日、彼女に対して在留許可がおりました。
特定活動、指定書つきです。
(中学の在学証明、担任の先生より出席状況及び学校生活の内容まで書類にして頂き、申請書に添付しています。)
期間は1年、1年後の更新は比較的楽でしょう。
入国管理局としても問題はないはずです。
中学卒業までは一安心となりました。
各方面の方々のご協力、手続き関係のドタバタの甲斐あって、彼女は安心して中学校生活を送れることになりました。
やっと、ここまで来れました。
ところが、です。 [ ここからが、この連載の本題です。]
私の目にも、彼女は3年生になるまで、特に問題もなく順調に写っていました。
私を除いた家族と一緒に、買い物とかディズニーランドとかの施設にもよく遊びに行ったりしてました。保護者会(私が出席)も問題なし。
でも、彼女も私の娘も中学3年生になった、ある時期より家庭内の雰囲気が少しずつ変わり始めました。
夏休みを過ぎるころから、彼女は部屋に籠るようになってきました。
笑顔も少なくなってきました。
彼女の気持ちは、どうだったのでしょうか!?
彼女は学校の成績は中の上ぐらいでしたが、とても賢い子でした。
年配の母親(41歳での出産)は、いつも娘のことを心配してました。
思春期真っ只中の女の子。
本当に甘えることのできる親がいない。!
わがまま言える、身内がいない。!
不安はいつも付きまとっていたのかもしれません。
生活の環境が変わり、自分は居候であると常に自覚してました。
自分の服の洗濯、家族の食事の後片付け等、彼女は黙々とこなしていました。
今思えば、学校生活もお金持ちの生徒が多い中、欲しい物とか結構我慢していたのでしょう。
一方、私たち家族も心の中で、彼女は他人であるという意識がありました。
私と(鬼)奥様、そして娘との間で他人と云う尺度がだんだんずれて来ていた気がします。
また、(鬼)奥様も教会の一部の仲間から、寄付金の額とか使い方やらで、色々云われていたようです。
秋になると、中学3年生は高校受験が目の前です。
娘は塾に通っていました。娘も彼女と距離を置き始めたのです。
私は家族が起きる前に会社に通勤、帰りも早くありません。
普段の家の中、細かい出来事等はわかりません。
当時(鬼)奥様は専業主婦で、家の中を取り仕切っていました。
彼女と(鬼)奥様は、嫁と姑みたいな関係になって行ったのです。
私が彼女の肩を持つと、とたんに(鬼)奥様は機嫌が悪くなる。。。
彼女は我慢してました。私もショックでした。
私が彼女にしてやったことと云えば、母親から母国で買ってもらったノートPC
メンテナンス、ワンセグアダプター、Wi-Fiアダプターを買ってつけてやったぐらい。
ある時、私と(鬼)奥様はかなり激しい口論(俗に言う夫婦喧嘩)をしました。
彼女のことについてです。(具体的な内容は忘れました)
結婚以来15年、初めてです。
彼女にも聞こえてしまいました。
2日後、CCS(世界の子どもと手をつなぐ学生の会)の担当の学生さんが連絡をよこしました。涙ぐんでいたり、様子がおかしいと ・・・。
CCSの女性事務局長と、担当の女子大生さんは、彼女から理由を聞き出しました。
「自分のせいで、私たち夫婦が喧嘩してる。」と ・・・ 。
そして、我が娘も高校受験に関して、両親に反抗し始めました。
つづく ・
フィリピンの魔よけ
決して、(鬼)奥様ではありません。 ・・・ (汗)


