お盆前の旅行最終日、奈良 興福寺へやってきました。


平城宮(京)の右端に位置する高台に、藤原鎌足が造立した


釈迦三尊像を安置するために山科の私邸に建てられた。


710年創建だそうだ。


近鉄奈良駅下車徒歩、坂道を登る事約5分。


突然の二棟の国宝建造物の出現に心が躍る。



東金堂(国宝)、五重塔(国宝)



東金堂は、726年、聖武天皇より造立。


現在の建物は、1415年再建。


堂内には、本尊 薬師如来像をはじめ、国宝の文殊菩薩像、


十二神将像などが祀られる。


(四国 竹林寺以来、またもや文殊菩薩像を拝む)






興福寺五重塔、東寺のそれと遜色ない規模で、


50m以上の高さである。


現在の塔は、1426年に再建された日本第二位の高塔で、


東寺の塔が江戸時代に再建された事を考えると、


興福寺五重塔の価値は計り知れない。


東金堂、五重塔共に平家の焼け打ちにより焼失。






そして、中金堂。


藤原不比等が714年に創建するも、7度の火災再建を繰り返し、


老朽化のため解体、平成の世に再建される事となった。




脇より、再建中の中金堂を臨む。既に堂の建屋の殆どは


建設されている。


あと3年余りで立派な姿を現すであろう。





平城宮は広大な平野にある事で有名であるが、


この興福寺の境内はかなりの高所にあることが分かる。


平城宮を見下ろしていた…寺の権威を象徴する事実である。



南円堂、一言観音(右)


南円堂は西国三十三所観音零場第九番札所。


813年に創建されたが、現在の江戸時代(1741年建立。


堂の奥には国宝三重塔も聳える。




北円堂(国宝)。721年藤原不比等の1周忌に創建された。


現在の堂は鎌倉時代(1210年)再建。


長い戦の世を経て奇跡的に焼け残った堂である。


なんと、堂内、運慶作の本尊を特別公開中であったが、


公開時間は13時半から16時半の間のみ。


現在午前10時・・・とても残念である。叫び




境内には興福寺を囲うように礎石群が直線的に延びる。


古には朱塗りの塀が堂郡を囲っていたそうである。


是非復元して頂きたい遺構である。





そして、国宝館へ。(内部は全て撮影禁止)


本尊千手観音菩薩像を中心に、奈良、平安時代の有名な


国宝、重要文化財の仏像群が拝観できる。


手元の資料で調べたら、国宝の仏像は何と30点もある。


重文と合わせると、この国宝館内だけで100点以上。


余りにあり難く、暫く国宝館を離れる事が出来なかった。


(エアコンがバッチリ効いて涼しかったからではない)(;^_^A





本日も気温35℃以上。あせる


30年ぶりに東大寺へ。