本日の最後は京都御所(迎賓館)見学ですので、


成るべく移動に困らぬよう、御所近くに現存する二条城へ。


午後になり、気温はすでに38℃・・・。あせる


根性無しの我々夫婦は、またもやタクシーで向かう。(;^_^A




二条城東南隅櫓(重要文化財)


おお、いきなり雰囲気たっぷりの隅櫓に二の丸堀切。音譜


東寺も三十三間堂も素敵でしたが、やはり私は城郭ファン。


家内も、私と旅行に行く時は2、3の城郭探索は常の事と


心得ております。(いつもすみません)(^▽^;)


東大手門(現存、重文)を目指すと、カバーが掛かっていて


何も見えない。(修復中でした)(^_^;)


門をはいると番所跡が。



二条城二ノ丸番所跡(重要文化財)


おお、中にお侍さまも控えてる。(人形ですが)


そして見事な装飾の唐門へ。



二条城二ノ丸唐門跡(重要文化財)


なんて、徳川家らしい美しい装飾でしょう。音譜


拡大するとこのとおり♪





装飾が日光東照宮の数々の門と似ていますね。


徳川将軍家独特の趣なのでしょう。(^▽^;)


そして二の丸御殿へ。ラブラブ




二条城二の丸御殿玄関(国宝)


荘厳ですね。


唐門を少し地味に、豪華にした素晴らしい意匠ですね。


二の丸御殿は江戸末期の建屋がそのまま現存しています。




御殿の周囲にはたくさんの松の木が。


徳川家は襖絵といい、松の木が大好きなんですね。




二の丸御殿は、遠侍、式台、大広間、黒書院、白書院と


5つの御殿が連結した形となっております。


さて御殿内部へ、ここからは撮影禁止です。


鶯の廊下や沢山の美しい襖絵(障壁画)、慶喜公による


大政奉還の間など、見どころ万歳なのに、ご紹介出来ない


のが残念です。



*襖絵(障壁画):二条城二の丸御殿の襖絵は全て
    現存しておりますが、
    現在、経年劣化を防ぐために別の場所に保管されており、
    見学可能な襖絵は、全て学芸員の方々が現物に忠実に
    復元したものです。
    ちなみに、尾張名古屋城の本丸は、昭和20年に空襲により
    焼失致しましたが、障壁画は全て事前に取り外し保管して
    あり現存です。
    現在、本丸御殿が木造で復元中。さすが尾張、名古屋♪


美しく、広大な数々の間を見学し、再度二の丸庭園へ。





とても規模が大きく美しい庭園ですが、何やら雷鳴ともに


曇ってまいりました。( ̄_ ̄ i)


お~い、naolin!晴れ女の神通力はどうした~。あせる





本丸と二の丸の堀切です。


平和な時代の城だけに、実戦はあまり考慮されてないようです。





本丸に入ると櫓門跡が出現。


階段を上ると先ほどの堀ですので立ち入り禁止です。




さて、本丸の天守台へ。


城郭ファンの私ですが、いつもの悩み、ダウン


「高所」の出現です。




天守台より本丸御殿を臨む。


ここに五重の天守が建っておりましたそうで・・・。


天守台だけで、じゅ、十分に高いじゃないですか。(ノ゚ο゚)ノ


往時、天守最上階からは京を一望できた事でしょう。


さらに内堀の方を臨む。




手前の石垣の先は堀です。叫び


もはや私には耐えられません。


腰の引けた私を見てニタニタ笑う naolin。むかっ


遠くに危険な?雷鳴も聞こえるし、もう降りる事に致します。


(全く理由になってない)雷




二条城本丸御殿


創建当時の本丸御殿は、二の丸御殿にほぼ匹敵する


規模だったそうですが、寛延3年(1750年)落雷で焼失。


内部の狩野派の障壁画も全て焼失致しました。汗





その後再建されるも、またもや天明8年(1788年)に


市中の大火で焼失。 メラメラ


現在の本丸御殿は、京都御苑今出川御門内にあった


旧桂宮邸の御殿を明治26年本丸内に移築したものです。





本丸を後に二の丸北側へ。


橋を渡ると、現存の米倉が見えてきました。



二条城二ノ丸米倉



米倉は西南方向にもう一棟現存しております。


そうだ、西南で思い出した西南隅櫓を見に行かねば。クラッカー






ところが…


naolin:パパ、今何時?


私:もうすぐ3時ですが・・・。


naolin:えっ、迎賓館は4時までに入らないと閉まっちゃうよ。
        折角、抽選に当たったのに!


私;西南隅櫓…ブツブツ・・・。(T_T)


naolin:急いで迎賓館に行こう!パンチ!


私:了解いたしました・・・。( p_q)


西南すみ・や・・ぐ・・・。(ノ_・。)







急いで京都御所に一番近い、二の丸北大手門を


目指します。走る人


急ぎ足て歩いていると、古の遺構を発見!




これは、旧二条城時代の石垣です。


信長の時代の石垣を部分的に利用していたんですね。


そして土塁も…。






この土塁も旧二条城時代構築のものと思われます。



naolin:道草ばっかりくっていると置いて行くよ。


私:・・・・や・・・ぐ・・・ら。ドクロ









西南隅櫓に後ろ髪を引かれる思いで、京都御所(迎賓館)へ♪