あの忌まわしい日、私は東京新宿の超高層ビルの29階で
地震にあいました。
東京は震度5強と後に発表がありましたが、高層ビルの中では
震度6にも7にも感じるほどの揺れで、ディスクの上のPCや
ディスプレイ、プリンターは宙を舞い、人は這ってもいられず、
皆床を転げまわっておりました。
新宿西口の高層ビル群は、どこも不気味なダンス。
私はビルの倒壊とともに、人生の終焉を覚悟しました。
数分後、長い揺れが治まりましたが、私の近くにいた若い女性は
机の下で泣きわめき、「もう大丈夫ですよ」と声を掛けても出てこない。
何人かの方は、ストレスからか、嘔吐し真っ青な顔をして
今にも気を失いそうでした。
地震が治まっても、ビルは各階で遮断され外に出る事も出来ない。
窓の外を眺めると、数か所から煙が上がり交通機関はすべて麻痺。
JR中央線や山手線が変な位置に停車し、自動車も動いていない。
新宿西口駅前では大勢の方が騒然としておりました。
数度の大きな余震の中、皆で壁に寄りかかり、携帯電話の
ワンセグTVで情報収集するうち東北地方の悪夢を知り、
泣きわめきたい衝動に駆られました。
数時間後、非常階段のロックが解除され、「足腰に自信のある方は
非難して下さい」の言葉にふと気が付いた。
我が家の末っ子はその時小学6年生。
震災時のマニュアルで、迎えに行ってあげないと帰宅出来ない。
私は、近くにいた方を励まし、一気に非常階段を駆け下り、
マラソン・ランナーの様に走り出しました。
それが、街道(青梅街道・靖国通り)に出ると、人も車も大渋滞、
仕方なく、地元の人しか知り得ぬ裏道を疾走した。
約40分後、息子が通う小学校に到着し、息子を探した。
生徒は皆、体育館に避難していたが、何度も見回すが見つからない。
数分後、息子の担任に出会い伺うと、息子さんは地震の直後
お兄さんが迎えに来て帰宅しました。
たまたま休みだった長男が心配し、自宅に連れ帰ったとの事。
その瞬間、気丈に振舞っていた心や体に、恐怖や悲しみが一気に
走り、手足は震え、脱力感が襲ってきた。
帰宅すると家の中はめちゃくちゃ。
家内も大学に通う息子もまだ帰宅していない。
すぐに片づける気にもならず、テレビを付けると恐ろしい光景が
飛び込んできた。
何でこんなことになっちゃうの・・・。
私の恐怖など足元にも及ばぬ、悪魔の仕打ちであった。
夜中に成って、家内が都心より歩いて帰宅。
電話回線がやっと回復し、息子も無事で千葉県の大学構内に
宿泊するとのことだった。
何という一日だったのだろうか。
その時まだ、その後に起こる、さらなる不幸には気が付いていない。
あの日の事は決して忘れない。
地震にあいました。
東京は震度5強と後に発表がありましたが、高層ビルの中では
震度6にも7にも感じるほどの揺れで、ディスクの上のPCや
ディスプレイ、プリンターは宙を舞い、人は這ってもいられず、
皆床を転げまわっておりました。
新宿西口の高層ビル群は、どこも不気味なダンス。
私はビルの倒壊とともに、人生の終焉を覚悟しました。
数分後、長い揺れが治まりましたが、私の近くにいた若い女性は
机の下で泣きわめき、「もう大丈夫ですよ」と声を掛けても出てこない。
何人かの方は、ストレスからか、嘔吐し真っ青な顔をして
今にも気を失いそうでした。
地震が治まっても、ビルは各階で遮断され外に出る事も出来ない。
窓の外を眺めると、数か所から煙が上がり交通機関はすべて麻痺。
JR中央線や山手線が変な位置に停車し、自動車も動いていない。
新宿西口駅前では大勢の方が騒然としておりました。
数度の大きな余震の中、皆で壁に寄りかかり、携帯電話の
ワンセグTVで情報収集するうち東北地方の悪夢を知り、
泣きわめきたい衝動に駆られました。
数時間後、非常階段のロックが解除され、「足腰に自信のある方は
非難して下さい」の言葉にふと気が付いた。
我が家の末っ子はその時小学6年生。
震災時のマニュアルで、迎えに行ってあげないと帰宅出来ない。
私は、近くにいた方を励まし、一気に非常階段を駆け下り、
マラソン・ランナーの様に走り出しました。
それが、街道(青梅街道・靖国通り)に出ると、人も車も大渋滞、
仕方なく、地元の人しか知り得ぬ裏道を疾走した。
約40分後、息子が通う小学校に到着し、息子を探した。
生徒は皆、体育館に避難していたが、何度も見回すが見つからない。
数分後、息子の担任に出会い伺うと、息子さんは地震の直後
お兄さんが迎えに来て帰宅しました。
たまたま休みだった長男が心配し、自宅に連れ帰ったとの事。
その瞬間、気丈に振舞っていた心や体に、恐怖や悲しみが一気に
走り、手足は震え、脱力感が襲ってきた。
帰宅すると家の中はめちゃくちゃ。
家内も大学に通う息子もまだ帰宅していない。
すぐに片づける気にもならず、テレビを付けると恐ろしい光景が
飛び込んできた。
何でこんなことになっちゃうの・・・。
私の恐怖など足元にも及ばぬ、悪魔の仕打ちであった。
夜中に成って、家内が都心より歩いて帰宅。
電話回線がやっと回復し、息子も無事で千葉県の大学構内に
宿泊するとのことだった。
何という一日だったのだろうか。
その時まだ、その後に起こる、さらなる不幸には気が付いていない。
あの日の事は決して忘れない。