浦戸城天守閣跡のちょうど反対側に、坂本竜馬記念館があります。



この博物館に、期間限定で最近発見された坂本竜馬自筆の手紙が



展示されているというので、又もや大興奮!



早速入館しました。




ストロボ未使用なら写真撮影可との事で貴重な手紙を撮影。





これは凄い内容ですね。驚きました。合格




【手紙の内容】



大政奉還の後の徳川幕府の有り方について、福井の松平春嶽候



(四賢候の一人)に意見を聞くため、竜馬は土佐藩参政の後藤象二郎



の命を受け福井(越前)に向かった。



理由は、土佐藩主山内容堂公への徳川の政権奉還後の処遇および、



新政府樹立後の財政の説明の為で、帰国した際に後藤象二郎に



宛てた手紙である。



正に歴史が大きく動こうという刹那の、数人しか知りえぬ内容を



したためた、貴重な歴史的資料である。




つまり、徳川が大政奉還後は一大名に戻ること。



新しい政府樹立の為の資金源はどうするかということである。



驚くべく事に、竜馬は紙幣の発行を提案している。



一番のポイントは、大政奉還を命がけで成し遂げろということである。




*実際に坂本竜馬が松平春嶽候に拝謁できるわけではない。

 その側近との面会がやっとの事であろう。

 当たり前の事だが、藩主山内容堂公への拝謁もかなわない身分だ。

 第一、竜馬は高知城に生涯登城したことは無いのだから。

 ところが、参政の後藤象二郎しかり、薩長の上士達も、幕臣の

 海軍奉行、勝海舟ですら竜馬を身分を越え改革の第一人者として

 尊敬と信頼を持って接し、大事を頼んでいる。

 坂本竜馬の人間力に瞠目せざるを得ない。





このピストルは実際に竜馬が携帯していた銃と同型だそうです。



寺田屋事件の際も、この銃で危機を切り抜けた事はあまりに有名。



説明には有りませんでしたが、確か、長州の高杉晋作から



譲り受けた銃でしたよね。



そして悲しい展示物が・・・。汗




竜馬と中岡慎太郎の最期。



近江屋で襲撃された折に掛かっていた掛軸だそうです。



下に血痕が付いてますよね。




こちらもです。



屏風の猫の周りに無数の血痕が・・・。あせる



あまりに生々しく、悲しい展示物でした・・・。




そして私は竜馬に会った・・・。



時間は前後しますが、その後訪れた竜馬の生誕地です。



土佐市街の上町、ここに坂本家の邸宅があったそうです。






人はここまで国を思い、人を思い大志を貫けるものなのだろうか。



土佐電の路面電車に見守られながら、



竜馬は今日も、日ノ本の国の行く末を案じている事でしょう。







さて、いよいよ高知城に向かいます。音譜