尊皇攘夷の思想の元、土佐勤皇党を結成。



当初は、坂本竜馬とも志を共にし、*土佐郷士の先方に立つ



立場であったが、公武合体論を掲げる、藩主、山内容堂公により



投獄。幽閉された後切腹。



*武市半平太の位(役職)は郷士ではなく白札。

 郷士(長宗我部侍)と上士(山内侍)の中間的役どころ。



その旧宅が土佐の田舎に現存しているという。




瑞山記念館脇に建つ武市瑞山の碑。遺詠が刻まれている。



すぐ近くに墓所もあった。



こころなしか、もの悲しい。汗





そして、瑞山旧宅。城下の下町に移住するまでこの地にいた。



ちょっと待ってよ。この屋敷、テレビで見たことある。ひらめき電球



もしかしてその当時、この屋敷を借り受けた坂本家では!



あたり~合格 表札に*坂本とある。



(個人宅の為、写真は掲載できません)



思わず、「坂本さんちだ~!」と叫ぶと、同行者から「知り合いの家?」



と言われた・・・。(;^_^A



一昨年、NHKスペシャルで紹介された旧宅であった。



*坂本家・・・坂本竜馬の家系とは関係ありません。

 土佐には坂本という苗字が多いそうです。



しかし、その当時から現在に至るまで、そのままの姿で



住し続けるとはたいしたものですね。




屋敷を取り囲む白壁などはこの通り。



普通の旅行者なら通り過ぎてしまうのでしょうが・・・。



凄くとくした気分になりました。





四国の旅、まだまだ続きます・・・。