ただいまの餃子 | ちまちま

ちまちま

てきとうにやってます。

ただいま、名古屋。
生まれ育った家の近くの公園は何も変わらず。
子どもの頃の懐かしさ、昔の彼と歩いた道、友達の悩みを聞いた日々を、あたたかい陽射しとともに思い出します。
ちまちま

多分、年とった母とはそんなにもう何十回も一緒にごはんを食べる機会もないでしょう。
「私が、作ろうか?」
「ええよー。あんたにごはん作るのももうあとどれだけできるかわからへんし」
考えることは同じだね。
母娘ですな。
母の料理は本当にふつうで、本当に素朴だったのだけど。
あらためて、家のごはんを食べると、私が作るものに味やメニュー構成が似ているなあと思いました。
私が経緯しかだどれていないだけの話ですが。
(母は調理師なので、私バージョンは劣化版ですけどね)

狭い我が家には、よく友達が家に遊びに来ていましたが、母の餃子が人気でした。
いい年になってからも「おばさんの餃子が食べたい」と私がいないときに尋ねた友達も何人か。
皮を手作りすることもありましたが、大体は市販の皮を使っていました。
ほとんどが野菜のあんに、ちょっぴりのお肉と生姜とにんにくとねぎと。
ちまちま

母と一緒に餃子を包みながら、話します。
子どもの頃もこうしたよねなんて。
餃子の包み方を教えてくれたときはまだ母は30代前半だったんだろうな。
ほめられたくてお手伝いをしたつもりが、「もっとこうしなさい!」なんて怒られながら、「もういい!」なんてふてくされながら、包んでへこんだ記憶があるけれど、料理を作って食べる楽しみを教えてくれたのは母でした。
今なら「お母さん余裕なかったんだなあ。もっと手伝えばよかった」と当時を思い返せますが、なかなかねえ。
ごめんねって思いながら、「おいしい!超おいしい!!」と餃子をたっぷりお代わりします。
作る立場になってわかります。
「おいしい、ありがとう」ってたくさん食べてくれるのは、どんな一言より伝わるもの。
今回もおいしい餃子、超いっぱい食べたなあ。
ありがとう。
ちまちま

ただいまの記憶はいつも餃子。