ご訪問ありがとうございます。
随分昔の話からスタートしてしまったので、記憶とたたかいながら書いてます。

早く今の話に追いつくため、かなりのスピードで話が進んでいます。
分かりにくくてごめんなさい。



ハムスターハムスターハムスターハムスターハムスター

同居生活は、初めは全てが困惑の日々でした。

夫の実家とはいえ、よそのお宅のキッチンやお風呂ってやっぱり慣れるまで大変。

買い物にいくのも、子どもを抱っこ紐で抱っこしつつのもの。
ご近所さんには声をとにかくかけられる。

○○さんとこのお嫁さんよね?
大変だったわね。
いつもお母さんとは仲良くしていたのよ。
何かあったらいつでも頼ってね!

有り難いことです。

...有り難いことなんです......


けどね



誰に声をかけられたのか
さっぱり分からないーーえーんえーんえーん

もうみなさん名札を!っていいたい(失礼


もちろん義父も義弟も気を遣ってくれて
子どもの世話をしてくれたり助かりました。



それから二年。

再び妊娠発覚!

でもなんだか検査薬の線も薄いし不安...
一応病院ではご懐妊だと。


なんだろう

不安がとまらない


いつもはスーパーのお惣菜売り場の匂いがきついのに、今日平気だなぁ。
やっぱり私って悪阻軽いのかなぁ

そんなことをのんきに考えたりもしました。

でも、検診にいくと
「そろそろ心拍みえてもいいんだけどなぁ」

その後の検診では
「残念だけど、育っていない可能性があります」
「大きな病院で最後にもう一度検査をして、早めに手術をしましょう」

(本当はもっと詳しく説明されて、何度も検診うけてます)


そう病院で説明された日は、ずっと部屋にこもり泣きました

私がいけなかったのかな
お惣菜の匂いが大丈夫だなんて喜んだからかな

ひたすら自分を責めて責めて

夫には
「ごめん、だめだったみたい」
と一言病院からメールをして伝えていました。


心配して早く帰ってきてくれた夫は、ずっとそばで慰めてくれました。

「hanaが悪いんじゃないよ」

何度そう言ってくれたかわかりません。

でも赤ちゃんがいなくなった
ちゃんと育ててあげられなかった
それが苦しくて、私はもう産めないのかもと思い込むこともあり

「夫くん、子どもには兄弟がいたほうがいいって前にはなしたよね。だから、他の人と子ども作ってくれてもいいよ」

そんなことを口にしたことも。


「何を言ってるの。
子どもがただ欲しいんじゃないでしょう?
hanaとの子どもだから可愛いんでしょう?
hanaが辛いなら、たとえ三人家族でも俺は構わないよ。」

そうだった。
そう言ってくれる人だった。


たくさん泣き

そして

手術をうけました。


もういないのか
ごめんね


しばらくはお腹をさすりながら泣くことも。
でも目の前には私を必要としてくれる子どもがいる。夫がいる。


私は立ち上がらなきゃ。