地上の人類が、知ると知らぬとにかかわりなく、時の古今、洋の東
西、長幼をも、性別をも超えて。公平に平等に課せられる命題。
これは生の終止符、生命の総決算、人の世の一大事、「死」である

(万人幸福の栞「その二 死は生なり」より)


私は小学校6年生まで広島に住んでいました。

原爆ドームの川向いの小学校に通っていましたので
小学校に普通に「原爆資料室」ってのがありました。

当時はまだ戦後30年くらいですから、原爆に被爆した方がたくさ
んご存命だったので、
被爆で皮膚がケロイドになっている方は、日
常にいる風景でした。

でもその分、原爆を通した平和教育が盛んで
その影響か、私は図書館で戦争関連のノンフィクションの本ばかり
読んだりして、
リアルに戦争とか死を感じていました。

小学校1年の頃かな
中国と戦争になるかもしれないという危機的状況の時があって
その時はニュースでその話題が出るたびこたつに潜っていたような
記憶が残ってます。

もしも家族みんながそれぞれどっかにいるときに原爆が落ちたらも
う二度と会えなくなる
って考えただけで怖くて泣き出すような子供。

そんな「死」に対する漠然とした恐怖を抱えたまま大人になって
倫理の死生観に出会いました。