夜中、うつらうつらしていて
たまたま見つけたこちらの記事
う…ん。わたし的に
ちょっと気になりました
ざっくりまとめると…
この記事を書かれたご担当者様は
前々から松本人志さんや
ダウンタウンさんの芸風に対して
違和感や一家言がおありだったのかな…?
私もかろうじて知ってるくらいですが横山やすし師匠からの教えを理解できなかったと…
漫才とゆうものをあまり知らない無知者の私などからすると奥が深い世界だなぁ…くらいにしか記事を読ませて頂いても分からないのですが
あまり最近はテレビを見ていないので…
若手の漫才師さんや芸人さんがまったく
私はわからなくて
松本人志さんが還暦とゆう事実に
一番驚いたくらいなんですね
え?あのまっちゃんが還暦!?みたいな…
ダウンタウンで育ってきた世代の私にはあのまっちゃんが力を持ちすぎとか言われてることにもびっくりしてて…
と、ゆうのが…ほんとテレビ見てないから、え?重鎮なの?とゆうのが本音でときの流れを
ニュースでひしひし感じるとゆう…
記者さんが云うように漫才とゆうものがわかってないとのことで、故横山やすし師匠が仰る幾ら芸だからとゆって年長者や年上を敬わない、けなす…とゆうのは違うだろ?とゆう愛ある評価…
確かになぁ…
ちょっと見るの痛い時もあったような…
記事の内容については個人さんの意見ですのでね…そこは自由なんですが…
記事を読んで凄く気になった事がありました
それは記者さんの松本人志さんへの個人的な怒りが根底にあるのかなぁとゆう事
記者さんや横山やすし師匠が当たり前にできる先輩への礼儀を弁えた漫才が松本人志さんや浜田雅功さんはできておらず…その芸風で人気を博した二人や周りを持ち上げすぎた事務所やメディア、高視聴率取りに走りすぎた昨今のテレビ業界についても警鐘を促されていました
記事の内容や意図をそもそも私は間違って解釈しているのかもしれない、いや間違っていると思う…それを承知で書かせて貰うと…
松本人志さんやダウンタウンさんが全て悪い流れを作ってきた元凶みたいな書かれ方がちょっと引っかかってしまって…
以前にも書きましたが物事って多角的に見たり調べてゆくと一人の責任や過失でも無かったりすることもあって…。ただこれは部外者だからそう云えるのかもしれませんが…。
エンターテイメント業界やメディアは数字を取るための戦略などがあるだろうし(スポンサー付かなくなると成立しないから)その中でこのような出来事が起きると結局はタレントさんが矢面に立たされて…切るみたいな構図にちょっと私は益々メディア見れないな…と思いました
今回の場合もし訴えが事実ならタレントさんに過失があるかと思いました(私はここまでではありませんが似たような出来事を経験し…いろいろ葛藤があり笑って話したり書けるようになるまで10年要しました…自分がPTSDだとか知らないくらい整理することに夢中でしたね…)
このような出来事があると…前々からその方に対して快く思われておられなかったのかなぁ…とゆう方々がこれ幸いと言わんばかりに湧き出てきたり、その出来事(が事実か否かまだ不透明なのに…)を盾にして糾弾して追い詰めてゆく姿に…やはり根底には抑圧してきた怒りが凄まじいのだなと思います
と、書いている私自身も自分の事は棚上げで
最近そうなっていましたが…
ただ…松本人志さんが才能無し…芸無し…とゆうのは素人の私には分かりませんが、もし本当にそうであるならばここまでメディアに登場していなかったとは思いましたが
人気商売ゆえに引っ張り合いや持ち上げ、お膳立て癒着…いろいろ思惑や駆け引きのある世界の中で生きて精一杯働かれている方々や来られた方々の退き方やお休みの仕方が最近あまりにも悲しい気がします
会社勤務時代、末端で働く私にもいろいろありました。セクハラ…パワハラ、いじめ、陰口、仲間はずれ…私としては身に覚えのないいろいろ…。その度その経験を糧にすることでキャリアアップに繋げて挽回してきたつもりです
そんな不器用な私でしたから、情けをかけてくれた周りの方々から有り難いことに退職時は引き止めて頂けたり、オファーを直々に貰えたりする機会に恵まれ何事もこうやってプラスマイナスなんだな…と学びました
いつも体調気力ぎりぎりまで働く不器用なやり方でしたからオファーをお受けできずにお断りするばかりでしたが心残りのお仕事だらけで…
彼から教わったとっておきの言葉でそれを挽回してゆきたいと思って生きています
いいかい?駄目だよ。そうゆうときはね…
わたくしで良ければとお受けするんだよ
遠慮と謙遜ばかりしてお断りばかりするのは
失礼なときもあるんだから…
僕がオファーした時もそうやってすぐ
遠慮と逃げようとして…
エスコートを受けるのもマナーだよ?
いい思い出と
そうじゃない思い出と
ごちゃまぜの中で息がし辛くなりながらもそれでも生きてゆくことでやがて思い出になるから
関わる方全てがそうなってくれると信じて
笑いや輝きを放つ方にも見えない苦しみや云えない本音だってあるわけで…
書く、とゆうことを仕事にしていた元上司は食の記者でしたが食べる側寄りではなくて、造り手側寄りの記者でした
奥が深く素人には分からないバックヤードで働く料理人の方の取材をして創り上げた書籍には創り手への尊敬が込められておりその読み手は料理人に憧れる方々が多数いて…ある時その書籍を宝物にしている方との出逢いがありました
交わす言葉だけでは伝わらない造り手の世界を文字や写真を駆使しし、完璧に読み手へと表現されていて、そんな元上司の書籍から私もほんの少しだけ造り手の方々の真心や世界に触れることができたように思います
彼も現役時代、小説家に書かれ殺されかけたとゆっていて書くとゆう事や英訳ひとつ細かくてペンの持つ力について常々説いていました…
惜しみなく自分自身の経験を皆に話してくれた根底には自身の過去の懺悔からや後悔、後に続く人への敬意
先日亡くなられた居原田先生もそうだった気がします。ご自身の身体を使い病にも関わらずあらゆることを伝えようとしてくれる姿勢には欲や計算ではなく、ただひたすらに誰かのためになるのならと、自分自身の力を最後まで使おうとゆう慈悲に溢れていて…どこまでも勇気のある方だなぁ…と思いましたね
自分自身の欲しいものだけではなくて本当は欲しくないけれどそれすら飲み込んでゆく方にこそ真の豊かさや幸福とゆうものは両手を広げずとも降り注ぐように訪れるのだなぁ…と同年ながらその生きる姿勢から学ぶことばかりの先生でしたね…
本当に残念でしたが開放されたのだな…と思うと嬉しくなるから不思議な気持ちでした
規模は関係なくて、どんな業界にも場所でも綺麗事ばかりではなく数字や利権は渦巻いていて自分自身の意識では加担していないつもりでも現実は加担しながらいいとこ取りをしていてチャンスを伺いながら今か今かと待ちわびる…
あらゆる問題はこうやってこうゆう構図の中で起きているわけで…どんなに考えても考えても…たとえ一人の責任で終わらせたとしても、それは、また次の人、次の人へと伝搬してゆき、最後の一人に行き着くまで終わりがないんですよね…
自分に返ってくるとゆうのは、時間差はあれど長い人生の中で大なり小なり皆が遭遇してゆく様になっていて、そこで初めて自分自身が気がついて居なかったかつての無意識の加担が訪れてくれるのではないかと私は思っています
云うからやがて返ってくるのではなくて
云わなくとも意識の問題ではないかと思います
初めて勤務した職場で若輩者の私に教えをくださった先輩は仰っていました
明日は我が身だと思いなさい
自分の変わりにその役目をやってくれただけ
それを…笑ってしまう様ならあなたは終わりよ
いつも厳しく緊張感のある先輩でしたが
どんな時でも必ず助けてくれる方でした
あの方は、今でも私の目標です
と、ゆうことは…まだまだだな…私(笑)