鯨統一郎  『新・世界の七不思議』 | 東海雜記

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歴史バトルの面白さ!

推理小説における名探偵はしばしば歴史の謎も鮮やかに解いて見せます。
その元祖はジョセフィン・ティの『時の娘』、最高傑作はやはり高木彬光の『邪馬台国の秘密』でしょう。

「真実は時の娘である(Truth is the daughter of time.)」――英国の古い諺からタイトルをとったこの作品は悪名高きリチャード三世の真の姿を、入院中の名探偵、グラント警部が解き明かします。
もっともこの作品に出てくるリチャード像はその当時既に学会でも一般化したもので、決してティのオリジナルではありません。しかし、名探偵が室内から一歩も動かず、数々の歴史資料を分析して実像に迫っていくというスタイルを確立したばかりでなく、内容の面白さ、レベルの高さから言っても歴史ミステリの開祖であり、代表作であるといえましょう。
(リチャード三世はシェイクスピアの同名の歴史劇の主人公であり、その悪人ぶりは英米ではとみに有名です。わが国で言えば忠臣蔵の吉良上野介といったところでしょうか)

一体、歴史の謎とはきちんとした資料さえあれば解き明かせることができるものなのでしょうか。
それはわかりません。歴史の真実は藪の中。我々は限りなくそれに近づけましょうが、それをつかむことはできないのではないでしょうか。
(同時代の人間の営みすら、真実を知ることはできないでしょう?)
それでも探偵が手にする史料は読者にもすべて明示され、分かりやすく解説されています。歴史ミステリはある意味で最もフェアな本格推理と言えます。

高木さんの作品は日本での『時の娘』とも言える作品で、このシリーズの成功により、日本でも歴史ミステリがたくさん書かれたのでした。
シリーズには三作あり、名探偵神津恭介が都合三度にわたり(これも入院中に)、ジンギスカンの正体、邪馬台国の場所、そして古代天皇の秘密を解明してゆきます。
こちらは『時の娘』とは異なり、高木さんなりの解釈を打ち出しているところが特色――もっとも第一作目の『成吉思汗の秘密』は別。源義経=ジンギスカン説を論証していますが、知的遊戯、読者サービスといった意味合いが強いです――とは言え、それも今まであった学説の一つを支持しているのであって、まったくの新説ではありません。
それゆえ説得力もあるのですが。

この神津恭介歴史ミステリ三部作の中では『邪馬台国の秘密』が最も出来がよいと思います。「金印の発見地=奴国所在地」という常識を覆し、邪馬台国の所在地に迫るまでの論理もスムースです。
それゆえ、歴史物としては最も面白いのですが、「義経=ジンギスカン」とした一作目の奇想天外さは影を潜めています。

つまり、歴史ミステリを「ミステリ」の面で考えれば奇想天外な結論ほどできがよくおもしろいし、「歴史」を重点に置けばあまりにも突飛で強引な解釈はついていけなくなり、白けてしまいます。この後続々と出てきた歴史ミステリは大方、「歴史」重視ものが多く、それはそれで十分面白いのですが、前者の奇抜なミステリももう少しほしいところです。


鯨統一郎さんのデビュー作、『邪馬台国はどこですか』はまさにその奇想天外な面白い歴史ミステリの後継といえましょう。
場末のバーで繰り広げられる自称「歴史家」の宮田六郎と美人で勝気な、というより高飛車な本職の歴史家、早乙女静香の歴史バトルはそりゃ見ものです。
もちろん、主役であり、奇抜な結論を提示するのは宮田六郎。ですが、静香の存在もこの作品の大きな魅力です。
彼女は歴史学会の常識を代表する立場、なのですが、それ以上に激しい言葉のやり取りが読者をぐいぐい引き込んでいきます。

「あなたってもしかしたら今世紀最大のバカかもしれないわね」
「多分違うだろう。君がいるからな」
(61ページ)

どうです、すごいでしょう? でもこれなんかまだいいほうです。なにせ宮田がまぜっかえしてますし、静香の二人称も「あなた」ですからね。話が進むほど(この本は6編の連作)静香の毒舌は容赦がなくなります。例えば「あなた」は「あんた」になり、「っていってるでしょ!」が「つってんでしょ!」に変わります。
彼ら二人はけんかをしているわけではないのです。主に静香がキーキー言って、宮田がそれを静かに受け流している、そういったやりとりです。

こうして宮田は
ブッダは●●ってなかったし、
邪馬台国は●●県にあったし、
聖徳太子は実は●●で●●だったし、
と次々と奇抜な論を展開し、ますます静香を怒らせるのです。

作品中では宮田の結論が「正しいだろう」ものとして、一番説得力を持ったものとされるのです。が、先ほども述べましたように、「歴史的に正しいかどうか」なんてことを詮索するのは野暮。
いかにその奇抜さを楽しめるか、バトルを楽しめるかがポイントです。

タイトルでご紹介しているのは長らく待たれていた続編。同じメンバーが今度は世界史の謎に挑みます、いや、それを肴にバトルします。
さすがにデビュー作から6年余り。前作に比べ、より読みやすいようにさまざまな工夫が凝らしてあります。
歴史バトルに読者だけ置いてきぼりを食らわないように、「探偵役」の宮田が、アトランティス大陸もピラミッドもモアイ像もナスカの地上絵も、あれやこれやすべて「聞いたことがある」ていどの知識しか持っていません。宮田は読者の代わりとなって静香やバーテンから一連の知識を授けてもらいます。そしてそれら聞いたばかりの情報を元にまたまた奇抜な論理を展開するのです。
静香の毒舌も更にパワーアップ。
「デスノートに名前を書くわよ」
なんて恐ろしい言葉を吐いたりもします。
さらに毎回毎回、カクテルや世界と日本の三大珍味のちょっとした知識もおまけについてます(舞台は場末のバー、なのです)。

ただね、これが前作に比べ見劣りする点にもなっているんです。
宮田が読者の代理、という設定はいいんです。問題はそれ以外のところ。
正直カクテルや料理の話は他のミステリにときどきある「薀蓄かたってるの。聞いててお得でしょ」なイメージがします。また、「デスノート」や「世界の中心で愛を叫ぶ」(ちなみに「愛を叫んだけもの」もちゃんとネタにされてます)といったはやりものをネタにするのもちょっと。。。風化が早そうなネタですものね。
奇想天外さは相変わらずなので、前作と同じようにそれだけで勝負してほしかったですね。

まあ、あくまで個人的な意見ですが。


著者: 鯨 統一郎
タイトル: 新・世界の七不思議



著者: 鯨 統一郎
タイトル: 邪馬台国はどこですか?





著者: ジョセフィン・テイ, 小泉 喜美子
タイトル: 時の娘

著者: 高木 彬光
タイトル: 成吉思汗の秘密
著者: 高木 彬光
タイトル: 邪馬台国の秘密 改稿新版
著者: 高木 彬光
タイトル: 古代天皇の秘密