アンデルセン 「コマとマリ」 | 東海雜記

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もしかしたら一番残酷なアンデルセン童話かも

うっかりしていました。今年はアンデルセンが生まれて200年。世界中でフェアをやっています。ファンとしてはうかつでした。

生涯156編の童話を書いたアンデルセンですが、故国デンマークではそれ以上に詩人、小説家としても知られています。日本でも『絵のない絵本』、『即興詩人』は有名ですね。今後機会がありましたら小説、詩集についてもご紹介したいと思います。

156編! 一日1つずつ読んでも半年近くかかりますね。でもこの機会だから一度チャレンジしよう、というわけで現在アンデルセン童話全集にチャレンジ中。全部読むのは学生時代以来。果たして最後まで読めますでしょうか。。。
全童話を訳した全集はいろいろありますが、お求め易いのは大畑末吉さんの岩波文庫版。それでも7巻あります。がんばるぞ~!
著者: ハンス・クリスチャン・アンデルセン, 大畑 末吉
タイトル: アンデルセン童話集 1 改版―完訳 (1)


「本当は残酷な●●●童話」なんてのがはやりましたね。グリム、アンデルセン、イソップにペロー。確かに題材として残酷なものもあります。時代も文化も違いますから、今の日本では残酷になってしまうものもあります。それに人のとらえ方は自由ですから、残酷と感じる方もいるでしょう。
ですがこの類の本の中には、原作を元に勝手に残酷な部分を膨らませているもの、卑猥な部分を挿入しているものも少なくありません。批判をすることは当ブログの主旨ではないですが、それでもそのような本を読むと悲しくなります。いえ、創作は結構なんです。これも自由ですからね。ですが、それならばそうとはっきり分かるところに書いておくべきです。それすらなされていないから、悲しい。具体的な書名は避けますが、ここは猛省してほしいですね。
断言できますが、アンデルセンの童話には卑猥なもの、それを感じさせるものは一切ありません。そのようなお話はすべて別の創作だと考えてください。


残酷なアンデルセン童話といえば「赤い靴」がもっとも有名ではないでしょうか。虚栄心から足を切断する羽目になった主人公カーレン。かなりインパクトの強いお話ですね。
アンデルセンは純粋なもの、弱きものに限りない愛情を注いでいますが、反面、おごり高ぶるものは容赦をしません。また女性の虚栄心を強く戒めてもいます。たとえば「パンを踏んだ娘」では靴を汚すのがいやで沼地を渡るのに、手にしていたパンを踏んでその上を渡ろうとした美しい娘の話です。このインゲルはそのまま沼に沈み、やがて地獄に落とされてしまいます。
純粋な弱きものたちがラストで「残酷」に扱われている例もあります。
「マッチ売りの少女」、「人魚姫」のラストには納得行かない人も多いのではないでしょうか。
ただアンデルセンの中では、あるいは当時のデンマークの読者には、これら物語りのラストに救いを感じていたのではないでしょうか。
「赤い靴」、「パンを踏んだ娘」も、「マッチ売りの少女」、「人魚姫」も、最後に神様に近づくか神様の許へ運ばれてゆく形で終わります。素朴な信仰を抱いていた作者や当時の読者の多くは涙しながらもこの結末を良しとしたのではないかと思います。


では本当に救いようのない話はないのか、といえばこれがあるんですね。「コマとマリ」(あるいは「幼なじみ」)という作品。きれいでお高くとまってるマリ(人名ではなく、おもちゃの鞠のことです)が、高く跳ね返ったまま戻れず、ドブの中で醜く膨れてしまいます。偶然からかつて自分を慕っていたコマと出会います。コマは無事もとの家に戻りますが、マリは帰れず。そして憧れの人の変わり果てた姿に幻滅したコマは、二度とマリのことを思い出さなくなるのでした。
子供さんには怖くとも何ともないでしょうが、われわれ大人には。。。ある意味怖いですねえ。救いがありません。
この物語はアンデルセンの経験がもとになっています。初恋の人、リーボアと再会したアンデルセン。彼は分断に地位を築きつつあり、彼女は太ったただの中年女性になっていました。初恋の女性のその変わりようを童話に書いてしまう。残酷だぞ! ハンス・クリスチャン! 


著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセン
タイトル: 親指姫―アンデルセンの童話〈1〉
著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセン
タイトル: 人魚姫―アンデルセンの童話〈2〉
著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセン
タイトル: 雪の女王―アンデルセンの童話〈3〉
冒頭の画像は福音館文庫のもの。
国際アンデルセン賞受賞のデンマーク人、オルセンさんの挿絵がステキです。
「コマとマリ」、「パンを踏んだ娘」は1巻、「人魚姫」は2巻、「マッチ売りの少女」、「赤い靴」は3巻に収められています。