ひとつ謝らねばなりません。

写真を始めてから会社へ入った後の
数年の話を振り返る間、
良いところばかりを
書いてきてしまいました。

知っている人からすると
実は全く逆で、
ドジの多い私はむしろ失敗談や
迷惑かけた話ばかりなのです。


脳ミソがカラカラいうので、
「ったく山本はしょうがねぇな」
と呆れられながら
たくさんの人に助けて貰ってきて、
ようやく今があります。


※ジョジョの奇妙な冒険  東方仗助





忘れっぽいから首からメモ下げとけって
書いたメモ帳をどこかに忘れてくるとか、

仕事中大声で歌いながら作業してたとか、

アルバムの納期や締切がとっくにヤバいのに
黙ってる惨状に同期が呆れて手伝ってくれたとか、

安請け合いをしてトラブルを招き、
社長達に泣きついて助けて貰ったことも。

当時の皆さまには謝罪行脚したいくらいで、
僕のダメ話を書いたらブログ十数本 
はいけるはず。

特に撮影においては始めの何年かは
何事もなくまともに帰ってくることの
方が少なかった。

カラ打ち、
裏ブタ開け、
フィルム感度間違い、
シンクロミス、
etc、etc、etc‥‥。

幸いにもお客様に対して
直接大きな迷惑を掛けたり、
写してこれなかったような大失敗は無かったが、それ以外の失敗は
ほとんどしてきたと思います。

大事には至らなかっただけで、、
多分私は一番上司に怒られてきた1人でしょう。

会社キャリアの後半
育成教育部を担当させて貰ったけれど

別に私が出来る人間だからではなく、
お前が一番怒られてきたからだと
社長に言われたのを思いだします。

でも今はそのことが自負になっています。
一番怒られてきた山本だから
出来ることがあります。
いや、そう思わないと進めないww


こんなダメな私だったけど、
支えになった言葉をひとつ挙げるとすると、
会社に入ったばかりの私が
先輩にある質問をした時に、
教わった言葉かも知れません。


「どうやったらプロになれるんですか?」

という質問に、何度かやりとりした後、

「あのね、プロになるには辞めなきゃ良いんだよ。 続けたらプロになれるよ」

というようなことをN先輩は答えてくれた。

技術や才能が無くてはと気負っていたので、
なるほど。辞めなきゃ良いのか!
とバカみたいにすんなり入ったが、
その時は良く分かってなかった。


普通の会社にあるように
私の周りでも人の出入りがあり、
嫌になって辞めるならまだしも
決してそういう人ばかりでもなくて、
やりたいけど周りの状況的に(家庭やお金など)
続けられないというパターンも
たくさんあるのだなぁと知りました。

 1年、3年、5年あたりに来るという
世間でよく聞く周期で
私にもちゃんと辞めたい時期が来たけれど

続ける っていうことは
簡単じゃないんだと
わかったのと同時に

辞めたらプロになれない!

という強烈なクギが刺さっているのに
気づきました。

おかげで今写真の仕事が続け居られるのも、
この先輩の言葉が
いつのまにか一本の柱みたいになって
くれてるおかげかも知れません。


だんだん話が平坦になってきて
つまらなくてすみませんが、

次回の内容は
撮影アシスタントとしての日々です。