先日電車内で嬉しいことがありました。
その日の私は体調が優れない中、ひとり電車に乗り込んだため、
冷や汗が滴り落ち、恐らく顔色も相当真っ青だったことと思います。
そんな様子に気がついた学生さんが席を譲ってくれました。
・・とここまでなら、まぁよくある話であり、
誰もが「感謝」の気持ちを抱くでしょう。
しかし私は「感動」したのです。
その方はイヤフォンをしており音楽を聞いていたようでしたが
席を譲る際に、そのイヤフォンを外し、とても優しい笑顔で
「大丈夫ですか?」と声をかけてくれました。
そしてご自身のタオルハンカチを差し出してくれたのです。
終点まで2駅の距離。
私はうなずくことしかできず、電車は到着してしまいました。
その学生さんになんとかお礼の一言をと思い、必死の思いで
顔を上げ「ありがとうございました。」と伝えたところ、
再びイヤフォンを外し「気をつけてください」とまたもあの優しい眼差し・・。
車内がガランとし、私も席を立とうとしたとき
駅員さんが駆けつけてきました。
「学生さんにお客様のことを聞きました」と。
医務室で休ませて頂き、もちろん駅員のみなさまにも
大変お世話になりましたが、何よりもその学生さんが
駅員さんにまで私の様子を引き継いでくださったことに
私は人の温かさに触れ心底感動しました。
「感動」とは、人生において
その時々で感じ方が変わることもあるのかもしれません。
ましてや、自分の弱っているときには
心に残るものも多いかもしれませんね。
・・・とは限らず、何かのピークに達したときの高揚からも
感動は芽生えるものでもあるでしょう。
就職活動向けのエピソードを探ることに重点を置きすぎると
嘘っぽく聞こえたり、浅いものになりがちです。
掘り下げて質問すると、しどろもどろに・・・という方もいらっしゃいます。
前回のブログにも書きましたが、
自己分析の一貫として自分史を辿る作業過程で
シンプルな出来事、真っ先に頭に浮かんだ事柄なども
大切に検討していただきたいと思います。
・・・・・・・私の話に戻りますが、
その電車に乗る機会には
御礼の気持ちをしっかり伝えたいと思いながら
お借りしたハンカチを携えています。
名前はもちろん分からず、顔すらもおぼろげではありますが
あのときの気持ちと、その方のことを
私は決して忘れることはないでしょう。
多くの学生のみなさんと接する機会が多い講師として
ハンカチを貸してくれたことや席を譲ってくこと、
駅員さんへの引継ぎよりも、なによりも
イヤフォンを外し、温かい笑顔に言葉を添えてくださったその行動に、
その方の素の部分を感じました。
「人として」必ずや社会・企業に必要な人物であると確信したのです。