さて、とにかくあのどうして良いのか分からない場所からは開放された。
ひとまず、深呼吸でもして湯を沸かすか…
…
…
…
ヤバい…、湯呑みしかねぇ。
俺、湯呑みしか持ってねぇ。
しかも小学生の時から使ってる、魚の名前がたくさん書いてある、あの寿司屋にあるやつだ。
なにも、「別に自分しか飲まないし、入れ物なんざなんでもいい。コーヒーは心意気だ」と強く思っていたワケでもないが、どうでも良かったのだ。
いや、むしろそういう無頓着さがかっこいいとすら思っていた。
その上での、あえての、湯呑み。
それがヨネヨに伝わるだろうか…?
想像するに、それは非常に困難なミッションだ。
かと言って、他の器なんて茶碗と皿しかない。
それにコーヒーは、アヴァンギャルド過ぎる。というより、ねらい過ぎて痛い。
だが、だからと言ってその「あえて」を説明するなんて、ダサさの極み。
コレが俺の普通ですよ、と何食わぬ顔で出すのがベストなんじゃないか?
どうなんだ!?