前回に引き続き、映画ならではの要素について書きたいと思います。

わたしはこの『悪人』という物語の中の大事な場面のひとつに

殺された女性・佳乃の父が、娘の死に関わりのあった増尾という大学生の友人にこう問いかけるシーンを挙げたいと思います。



「あんた大切な人おるね?

その人のこと想うだけで幸せな気持ちになってしまうような大切な人が。」



(記憶を辿って書いたので少し違うと思います。)

この問いかけは物語の中の若者に対して発せられたものですが、

作者からの読者への問いかけに他ならないと思います。

簡単にまわりの人を傷つけてしまう今

まわりの人のことなど考えず自分勝手に振る舞う人が増えている今

自分の世界を閉ざして生きている人が多い今

著者吉田修一氏は問うているのではないかと思います。

「大切な人はおるね?」と。



わたしが最も心に突き刺さった言葉です。

この場面、既にご紹介したように、原作では佳乃の父が若者に対して発しているのですが、

当然ながら文字だけで表現される小説ではそれだけです。そこにいるのは、佳乃の父と若者だけです。

でも映画では違います。

ここで上記の父の言葉に、物語の主な登場人物たちの今の様子がオーバーラップするのです。

そこには、逃げている祐一(妻夫木聡)と光代(深津絵里)の姿も。

この作中最も重要な言葉に登場人物たちの映像が重なる演出は

この『悪人』という物語のメッセージを効果的に伝えていると思いました。

この映像と音声を別々に流すということは、小説ではできない映画ならではの演出だと思います。

このあたりに単に小説を映像化しただけではない、映画としてのこだわりを感じました。

続く。