こんばんは🌇
今日から、何回かに分けて、何故私がヒーリングを始めたかのお話を少しずつ書こうと思います。
決して辛かったから聞いて欲しいというつもりではなく、「あー私もそういう経験ある!」と感じる方もいらっしゃるかなと思いますので、軽く流していただければ幸いです。
私は一人っ子で、ある人から見れば甘やかされて、そして別の人から見れば厳しく育てられました。
小さい頃は、母からは叱られた記憶しかなく、父は優しかったけど、気分屋さんだったように思います。
物心ついた頃から、ぐずぐず言うと押し入れに入れられました。真っ暗で、自分では出ようと思っても出口がわからない押し入れは、当時の私からすれば、恐怖の箱のようなもので、いまだに真っ暗にして寝ることができません。
家の近くには、子供達が集える公園があり、よく遊びに行きました。コンクリートでできた筒のような土管のようなグレーの塊が横たわっている遊具があり、この中だと雨が降っても、風が吹いても少しはしのげるかもしれないと思って、覗き込んだり想像したりする事がありました。次に親から叱られた時は、ここにお布団持ってたらいいかなぁとか、でも、他のお友達が来たときには、お布団もどこにしまえばいいだろうとか、考えたこともあったように思います。
ある時、父の友人家族と食事に行き、楽しいひと時を過ごしていましたが、ある程度お腹がいっぱいになってきた頃、母からお手洗いに行こうと言われついて行きました。その時、友人家族に余計な事は決して口走らないように言われ、キョトンとしていると、ほっぺたを思いっきりつねられて、「言ったらこうなるんですよ」と先にお叱りを受けました。未だに何故先にほっぺたをつねられたのか、よく分からないし、不思議です。結局何も話さないまま時間が過ぎ、食事会は終了。母は何も言わず、自宅に帰った父は「機嫌が悪そうに、何もしゃべらんかったな。愛想がない。」とコップを置く時に大きな音を立てながらタバコばかり吸っていました。
書いていけば、このような記憶はいくつも出てきます。自分がどれだけしんどかったのかを訴えたいわけではなく、昭和の時代はこのような育てられ方をした人はおそらく多かったのではないかと思います。
特に、押し入れに入れられた経験のある同世代の人はいますよねw。
そして、この経験と記憶が、何十年も経った今でも自分自身のトラウマになり、超えられない壁になり、深いブロックとなって苦しめられます。
小学生になる頃には、私は常に両親の顔色を伺い、言わなくても良い事は口をつぐみ、親が望む理想的な子供でいなくてはいけないと思うようになりました。
そして、本当のことを言うと叱られるので、それなりにごまかしながら、やり過ごすという生き方を選択してしまう子供に成長していきます。
こう言えば相手の機嫌が良いよねとか、ああすれば誰からも叱られないよねとか?まさに相手本位で自分の行動や言動が決まるのです。勿論自分の意見などありません。
入学して2年が経った頃、私はその後10数年続く発作に悩まされることになります。
その後の話はまた後日👋
長文読んでいただいて感謝します。
ここまで読んで下さった方に、浄化のエネルギーを送ります。受け取りたい方は、受け取ると宣言をして受け取って下さい🌿🙇
ありがとうございます✨